2016年03月25日

落人日記(115)


年初ということで、1年の抱負を考えてみた。
1 呼びかけない。主催しない。誘わない。
2 会わない。人脈を広げない。参加しない。
3 遊ばない。出歩かない。興味を持たない。
いずれも、人生後半を迎えるなか、志に生きる男としては妥当なところであろう。そろそろ、まじめに生きたいのである。
思えば、これまでの人生、無為無用無駄なことばかりしてきた。もう遊ぶだけ遊んだ。
もはや心残りはない。心残りどころか、もううんざりである。
抱負のとおり、無味乾燥な日々を送ることで、人生の滋味を見出したい。
正岡子規は「病牀六尺」からだから世界をみることができた。
動き回っていては、静思できない。ひとまず静寂のなかにどっぷり身を沈めることだろう。


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落人日記(114)


変な時間に目が覚めた。午後11時40分、元旦を迎える20分ほど前だ。
今ごろ紅白歌合戦の勝敗が決して、ゆく年くる年が始まる時間であろうか。
今年は家内と娘は里帰り、両親は旅行なので、坊やと二人で年越しだ。
とはいえふだんと変わらない。坊やも大晦日の意味なんてまだわからない。私と一緒に7時に寝て、いまもすやすや寝息を立てている。
過日「記念日を撲滅する」と宣言した。
一年の計は元旦にあり。元旦を記念日にしないことで、1年を無事、平常運転で乗り切れる。
「きょうは特別」とやっていれば、とめどもなくなるのが現代の消費社会だ。その術中にはまらないためにも、お正月こそ淡々と送るべきだと考える。
せっかくの早起きだ。そろそろ仕事にかかるとしよう。
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落人日記(113)


いつの頃からか、背中のコリがひどい。心臓の裏あたりだ。
この筋は大胸筋と左手薬指につながっているらしく、コリがひどいとこれらも緊張するのか違和感が強まる。
両者の関係は把握していたのだが、これに頚椎の状態が絡んでいることを発見したのはつい最近のことである。
首を曲げるとけっこう痛みがあり、これが背中の筋肉に作用しているようだ。
問題の頚椎についてはせいぜい加齢による支障程度に思っていたが、じつは明瞭な原因があった。原因とは、枕の高さであった。
正確にいえば枕ではない。私は高校生のころから、バスタオルを丸めて枕がわりにしていた。
暑いときは気持ちよく、いつでも清潔。さらには高さが自在なので、とても重宝している。
だが、寝ながら読書するくせがあり、それが習い性になって、いつしか枕を高くするようになっていた。これが頚椎にダメージを与えたようである。
そこで1週間ほど前から、枕を低くしてみた。すると覿面。首には若干痛みが残るものの、背中のコリも指先の違和感もだいぶ緩和した。
かように、身体というものは関係しあっている。デブだったときは贅肉が多すぎて、そうした因果関係がよくわからなかった。
余計なものを除去することで、物事の本質は見えてくる。
これは身体にかぎらない。暮らしぶり、人間関係、仕事などについても、余計なものを排除することで、本当にたいせつなものが見えてくるようである。
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落人日記(112)


近くの薬屋のおばさんは職業柄、健康にくわしい。おまけにおしゃべりなので、お客の課題についてこと細かに説明してくれる。なので、しまいには薬がいらなくなってしまう。
最近便秘がひどいので、その薬屋に出向いた。すると「コーヒーとかお茶を飲みすぎるとカチカチになるのよね」といきなり図星。
「ダイエットして痩せたあとの冬場とか」とまたもや図星。
「コーヒーやお茶を減らして、お水とか白湯とかたくさん飲めばよくなるのよね」と薬無用のアドバイス。
とはいえ何も買わぬのも無慈悲だと思い、当初予定の漢方便秘薬を購入した。
こいつを飲まずにすませたい。まずは白湯とやらを試してみることにした。
お湯とのちがいは、沸騰後、5分程度煮沸する点。これで余計な物質が除去されて、デトックス効果のあるピュアな飲料になるのだそうだ。
つくって飲んでみたが、意外と飲める。うまいとすら思える。
白湯というだけで茶事のようだ。我が日常にこだわりは無用と考えるが、丹精込めることは肝腎だと考える。
5時以降は白湯にしよう。以前なら飲み始めた刻限に、こんなものを喫するとは思いもよらなかった。
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落人日記(111)


子供と一緒にいると、世間様とはじつにあたたかいものであることに驚かされる。というより、ふらつく中年男に世間は冷たいというべきか。
たとえば寂れたローカル線の小駅を訪ねたとしても、中年男ひとりでいるか、かたわらに子供がいるかでは人の見る目がまったく違ってくる。
昨日今日と、坊やと新潟を旅した。新津鉄道資料館が主目的であったが、行きに、池袋で開催された鉄道模型展、帰りは鈍行でえんえんと帰ってくるという鉄旅であった。
道中、坊やはおじさんおばさんから食べ物をもらったり、頭をなでられたりする。鉄道員もシールをくれたり、皆さん何かとあたたかい。そのたびに父の私もにっこりする。
見知らぬ人とのこうしたコミュニケーションはもう長いことなかった。というか記憶にない。
歳をとり、いつの間にか、外の人びとを「敵視」するようになっていた。これがすれたということなのだろう。
こっちがそういう気配を出しているから、向こうさんだって親しみ深くなろうはずもない。かくして、寒々とした空気が流れるのである。
そういう軋轢を、もののみごとに解毒する子供の存在は得難い。
もはやひとりで旅に出たいという気持ちも萎えた。だが、坊やとともに世間と向きあうことで、今まで知らなかった世間にふれられる。
「老いては子に従え」というが、この言葉の意味もあるいは、歳をとったら、子供の旅にお供せよという意味なのかもしれない。
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落人日記(110)


原稿を一巡させるたびに2割程度削ることができる。このペースであと2巡すれば、新書の分量に落とし込めそうである。
昨年は家族企業の面倒にあけくれていた。その前の数年は、原発事故を受けての疎開やら、子育てやらに忙殺されていた。
30代の私はいちおう事業家であったが、実質的には酔客であった。
思えば30歳前後の数年しか猛然と仕事に取り組んでいない。こんなていたらくでは人生は終われぬ。
ということで、今年は一念発起。数年来あたためてきたテーマについてまとめ始めた。
私の人生の主題は「男が元気溌剌に生きてゆくための心得と術」である。
司馬遼太郎の小説の解題、村上春樹の小説の対偶という位置づけであろうか。要は男の生き方を考え、共有してゆきたい。
ただし、そんな主題で妻子をやしなうのはなかなか難しい。
ようやく今年初頭から諸事おさまり、いよいよ取り組める状況が出来した。
この一年の断酒やらダイエットやらはそのためのコンディションづくり。本番はこれからだ。
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落人日記(109)


「あいにくの雨」というが、私にとっては心躍る雨だ。なぜ世の人びとは、こんなに雨を嫌うのだろうか。
昔ならわかる。舗装されていない道はドロドロにぬかるみ、歩くのにたいへん難渋した。
いまのような衣類もなかった。衣服には、あっという間に雨が染み込み身体を冷やした。へたに風邪をひいたら死にかねない時代だ。
山中でいきなり雨に見舞われたら、雨宿りする場所もない。大木のうろや岩屋、ましてやお堂などはそうは見つかるものではない。
こうした時代の雨のしんどさは察するに余りある。
思うに、こんにち人びとが雨を厭うのは、この時代の気分の残滓によるのではないか。
先祖代々、「雨はいやなもの」と言い聞かされているうちに、なんとなくそうだと思い込んでしまった。
実感をともなわないまま、社会的刷り込みは行われる。こういうものに敏感であると何かと疲れるし、周囲からも孤立するから、鈍感なほうが生きやすいのかもしれない。
本質を見極める眼とは、そうしたまやかしを見破る洞察力をいうのだろう。
だが、しょせん共有しあえるものではないから、こうして物することで溜飲を下げるほかない。
なんでこんな話になったかといえば、きょう坊やと新潟へ行く。
現地は雨だということだが、この時代、さしたる障害ではない。そんなことを言いたかっただけである。
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落人日記(108)


酒のかわりに飲みはじめたコーヒーが中途覚醒と頻尿の原因だった。
豆を挽いて淹れたコーヒーは酒に伍する味わいだ。だんだん濃いものが好みになってきて、このところエスプレッソのようなものをよく飲んでいた。
2時起きを第一に考えると、コーヒーも慎まねばなるまい。7時寝なので、今後は午後3時までとしよう。
あわせて緑茶もカフェインが多いので、これもほうじ茶に切り替えた。
これらを試してみたら、中途覚醒と頻尿があっさりと解決した。身体をめぐる因果関係があきらかになってきてなにやら楽しい。
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落人日記(107)


すっかりフェイスブックのタイムラインを見なくなった。フェイスブックページに退去した副産物といえばこれであろう。
以前から、ちょっと見すぎてるなあと思っていたのでちょうどいい。この機会にフェイスブックから距離をとりたい。
成功したいのなら「成功者」の真似をせよという。着る物から仕草まで真似てしまえというのである。
私は司馬遼太郎や村上春樹(じつは小説はそんなに読んでないが)を尊敬している。
司馬遼太郎はすでに物故しているが、同時代人であったとしても、フェイスブックをやっているとは思えない。村上春樹も同様である。
なので、私もそれにならうことにする。とはいえ、いきなり姿を消すのは乱暴だ。徐々にフェードアウトしてゆくことにしよう。
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落人日記(106)


盛り上がりのない毎日を送りたい。刺激に乏しく、アップダウンのすくない日々を。
そのためには、大勢で集まったりしない。新しい出会いを避ける。出歩かない。見聞を広めない。
判で押したようなルーティン生活を繰り返すのだ。
世の中裏腹なものだから、こう望むといい出会いがあって、刺激的で盛り上がってしまうことがよくある。
だが、私にとっての「僥倖」は、もはや美女や美酒とのひとときではない。
「人生の大事」の実現に直結する展開のみを期待している。
おっと、6時半になろうとしている。そろそろ歯を磨いて、寝床に入るとしよう(この日記は前夜に書いているのです)。
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落人日記(105)


べつに健康オタクというわけではない。
捲土重来を期す身の上、来るべき日に向け備えているだけである。
今年10キロ減量し、大学時代の体型にした。もっとも肥満していた時期と比較すれば約20キロ減である。
断酒もなし得た。100日を超えても安定しているところをみれば、定着したといっていいだろう。
さて、目下「大事」を成すべく日々準備を進めている。来年あたりに私の仕事に光が射し始めるのではないか。
そのとき、以前のままの酒飲みであったら、調子づいて飲みまくり、いよいよ私は身体を壊し再起不能となったであろう。
人気が出てもみくちゃになってからでは手遅れである。いまのうちから、結界を張っておく必要がある。
まだ整えたいことはいくつかある。列挙すると、
・SNSから離れる(1日1度さらっと見るくらいに)。
・7時寝2時起きの定着。
・便通と頻尿の改善(お茶とコーヒーのカフェインが原因のようだ)。
こんなところかな。
結果的に健康になるだろうが、目的はいつでも討って出られるコンディションをつくりあげることにある。
活用の目処のない健康なんて、宝の持ち腐れというやつであろう。
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落人日記(104)


2度目の調停で決着がついた。6年前のちょうどいまごろのことだった。
「無実の罪」で断頭台に立ったーーそういってもさしつかえなかろうかと思う。
詳細をいうのははばかられるが、あれでよかった。今でも悔いはない(「相手」に対しても意趣がない、どころかいまでも心から幸せになって欲しいと願っている。ただし、向こうの弁護士には今なお、恨み骨髄である。元国会議員で、その後、悪因悪果。没落した)。
さて当時、亡き祖母の言葉がなんども脳裏をよぎった。
「負けるが勝ちだあよ、ゆうちゃん」
未熟者の私は、長らく、その言葉の意味するものがわからなかったが、「負け」をみずから選んだとき、その真髄にふれられた気がした。
「負けるが勝ち」とは、ひょっとしたら「負けるが価値」ではなかったのか。
その後転落し、都下に落ちのびた。以来、早いような遅いような6年を経ていま思うのは、目先の「勝ち」を狙うことの愚かさである。
目先の「勝ち」を追うから、人生レベルで「敗北」するのだ。
「勝ち」にこだわらず、いさぎよく落ちるときには落ちる。
人生にそんなことが一度や二度あったほうが、よりしなやかに、溌剌と生きられるはずだ。この時期になると、そんな感慨にひたるが、この程度で済んでいるのもシラフのたまものといえよう。
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落人日記 103日目


職業を尋ねられるときほど戸惑うことはない。
経営者、客員教授、著述家ーーいずれも嘘ではない。だが、真実を表しているともいいがたい。
私の身の上をひとことで表現するのなら「落人」がふさわしい。
「落人なんて縁起でもない」
死んだ婆様はそういうであろう。
だが、そうだろうか。落人はなかなか魅力的に思えるのだが。
能登の時国家、名田庄の土御門家。檜枝岐や椎葉といった落人の里を訪れるたびにわくわくする。
「いまにみてろ」という気概と結束がエネルギーとして滞留しているのであろうか。不撓不屈のエネルギーが充満している落人の里こそ、パワースポットというべきかもしれない。
私もこのまま朽ち果てるつもりはない。目下雌伏しているが、身辺を整え英気を養い、捲土重来を期す。
仕切り直し第2弾として、今後は「落人日記」とすることにした。
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男酒日記 102日目


予想外であった。
フェイスブックページ「耳学問の雄峰塾」に日記を移行させたとたん「いいね」が激減した。
正午時点で3分の1程度であるが、最終的には5分の1程度になるのではないか。
だからといって、
「みなさーん、いいねしてくださいね〜 (^_^)☆」
というつもりはない。
このままでいい。状況の変化にあわせて改善できるというのも楽しいものだ。
断酒日記を綴る上で、いいねは励みになった。衆人環視がなければ、断行できたかどうか。100日目を迎えられたのもみなさまのおかげである。
さて、数が減ったとはいえ、今回はみずから登録してくれた読者だ。私の文章がなにがしか琴線に響いた人たちなのである。
となれば、多少意欲的な取り組みをしてみたい。
こういうとき、最初に「パンパカパーン」とやってしまってはだめだ。それが制約になり、継続と飛躍の妨げになる。
すこしずつ試行錯誤しながら、落ちつきどころを探るとしよう。
まず手始めとして、日日のタイトルと写真をやめることにした。
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男酒日記 101日目「無慈悲中断仕事術」

村上春樹は1日10枚の原稿を書く。書けないと思っても10枚なんとか書く。たとえ筆が進んでも10枚で打ち切る。
ーーこの方法を知ったとき、「書けるときに、どんどん書いたらいいじゃん」と思った。飛ばせるときに飛ばしておけば「貯金」ができる。それがゆとりになるだろうと。
だが、私の認識は浅はかであった。
先日来、2時起きに取り組んでいるので7時ころには寝床に就く。そのため、昼過ぎあたりには「着陸態勢」に入らねばならない。そこで午後1時を終業時間にした。
だが、最近のってきたので、そのまま仕事を続けたくなることが増えてきた。
そんなとき、前出の言葉を思い出した。物は試し。区切りは悪かったが、午後1時きっかりにエイっと仕事を打ち切ってみた。
すると、翌朝2時にパチっと目覚め、猛然と再開できたのである。
昨日の「熱」がそのまま持ち越されたのだ。これには驚いた。
思えば、やれるときに存分にやろうというのはケチな考え方だ。ガッついて食えるだけ食おうとする浅ましさに近い。
そのとき欲張りすぎるから、その場かぎりのがんばりで終わってしまう。欲張らずにセーブしておけば、もっと大きな果実が得られたのである。
そういう意味で、「キリのいいところまでやろう」という考え方は精神的惰弱の表れであるといえる。
なぜなら、キリの悪いところで中断するのはじつに気持ち悪く、よほどの精神力がなければなし得ないからだ。
ひと段落なんて言わずに、無慈悲に時間で区切る。これによって、そのときの勢いを明日につなげることができるし、精神力までもが養われるのである。
そう考えると、終電は早くしたほうがいい。締め切り効果とお預け効果が相乗効果を発揮するはずだ。
景気対策の一つとして、終電を遅くしようなんて案がよく出るが、これは逆効果だ。
終電は22時ーーこれが国民経済躍動の切り札であろう(飲み屋は困るだろうなあ)。
写真:和菓子屋に寄ってから、浅川に散歩に出てみた。半年前は、ここに腰掛けてカップ酒を飲んでたなあ。

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posted by 雄峰 at 10:31| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

男酒日記 100日目「毎日を『記念日』にしないために」

断酒100日ーー以前の私なら迷わず祝杯をあげていただろう。いや、みずから祝宴を催していたはずだ。
むろん、いまやそれは禁じ手だ。というか、もはやどうでもいい。だから、ふだん通りやり過ごすことにする。
酒を飲まないと、このように一日一日を淡々と送れるようになる。
飲んでいたころは、飲むための理由を血まなこになって探していた。
雨が降った。スタッフが悩んでいる。今日は小寒。かまぼこをもらった。思い出の本を読み返した。有名人が死んだ。ちょっと熱っぽい…
飲むための理由なんてなんでもいい。酒飲みはどうでもいいことで、いちいちしみじみするからいけない。
司馬遼太郎先生は「無用な感慨を持たぬよう自戒している」といっていた。
酒を飲むための理由づけなど、まさに無用な感慨の極みである。いちいち立ち止まり、杯を傾けていたらちっとも先に進めない。
100日目という区切りの日だからこそ、なおさら淡々と過ごしてやる。毎日を記念日にしていては、人生が台無しになる。
今日を「記念日撲滅宣言の日」にしよう。
写真:司馬先生が愛した草花。うちの庭にも植えるかな。
◼︎男酒日記、明日からは、以下のフェイスブックページで綴ってゆきます。「耳学問の雄峰塾」にいいねすれば配信されますヨ (^_^)☆
https://www.facebook.com/seikejuku/

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2015年12月18日

男酒日記 99日目「女の習い事 男の修行」

敬愛する作家が「何事も100日やると質的に変化する」といっていた。この言葉の意味をいま実感している。
断酒100日ーーこの間得たことは、酒癖の克服どころではない。
仕事の仕方、家庭の営み方、今後の生き方から自己の確立まで、この100日は私にとってまさに革命であった。取り組んで本当によかったと思う。
古来、執着を断つことは修行の王道である。僧侶は女色、酒や肉食などを遠ざけ、挙げ句、五穀を絶って生きながら仏と化そうという豪傑まで現れた。
彼らの足元にも及びもしないが、その精神のかけらには接触できたような気がしている。
荒行というものは、周囲の者からすれば痛々しくもあり、ときにはバカバカしく見えるものである。
だが、当人にしてみれば、これほどエキサイティングな体験はなかなかない。私もかつて経験したことのない快感と満足感を得た。
だが、その感じ方に性差があるらしいことがわかってきた。
男女の超えがたさというものは、まさに「行」というものに対するスタンスの違いに凝縮されるのではないか。
自分を痛めつけてニンマリする。そんな男はたくさん知っているが、そんな女はいるだろうか。私の知るかぎり思いあたらない。
むろん例外もあろうが、この傾向が厳然と存在することを私は確信した。
習い事と修行。一見似た両者であるが、希求するものはどうやら根本的に異なるようである。

写真:こんな本が書棚にあった。おもしろかったが、なんか違うなあという違和感があった。その理由がようやくわかった。

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posted by 雄峰 at 11:14| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

男酒日記 98日目「頂上で、再結成しよう」

渡部昇一先生、ホリエモン、小柴教授、神田昌典さん、佐藤優さん、加藤鷹さんーー15年で約500人の方にインタビューしてきた。彼らとの「格闘」は人生の宝だ。
収録が終えたら、観覧者も交えてスタジオの近くでパーティ。それが終えると、今度は渋谷から神楽坂に移っての二次会、三次会、四次回。我が世の春とは、あのことをいうのだろう。
ところが、リーマンショックで一変。予算が削られてからは、リクルート浪人を動員しての布陣に切り替えた。私もインタビュアーからパーソナリティに転向した。
浪人たちも持ち味を発揮し、結果的に「聴きたかった番組」を完成させることができた。
収録後は、隣のコンビニでビールを買い公園で飲んだ。みんな明日をも知れぬ浪々の身の上であったが楽しかった。
バーテンダー、ボディビルダー、フーテン、そして断酒家。
番組が終了して、再びそれぞれの道を歩み始めた。いつになるかわからないが、おたがいの道を登り、頂点をきわめよう。そして、そこで再結成しよう。

写真:キムトモ、谷口山泊、木下裕司ーーUSENビジステ・パーソナリティの面々。「探偵! ナイトスクープ」ばりの自己啓発番組をつくりたかった。それをなし得たのは彼らのおかげ。ありがとう。

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posted by 雄峰 at 11:13| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月16日

男酒日記 97日目「もうチャラ男といわせない」

遊び人がモテると勘違いして、無理して遊んでいた。高校時代のことだ。
バブルという時代背景もある。汗水たらして努力するより、要領よくやるのがかっこいいというトンマな価値観が時代を支配していた。世にチャラ男自慢がはびこってきたのは、この時期からであろう。
あれから30年――
飲んだ食った、遊んだ集まった。フェイスブックを見れば、「チャラ男文化」がすみずみまで行き渡ったことがよくわかる。
私も長らく踊らされてきた一人であるが、気づけば50歳も目前だ。
同じ歳頃、信長は安土城を築き、天下統一間近であった。孫正義は福岡ソフトバンクホークスを設立し、さらなる事業展開に意欲を見せていた。
しかるに、こんなじじいがチャラチャラしているのはどう考えてもおかしい。フェイスブック君が4年前の記事をほじくり返してきて、私を赤面させるたびにそう思う。
もはや浮かれている場合ではない。人生の大事に向けて死にものぐるいの努力を重ねているべき時期であろう。
躍動的に活動できるのは、せいぜい今後25年だ。
司馬遼太郎先生は72歳で亡くなった。26年後、私はその歳を迎える。
楽して楽しんで72歳を迎えたところで、なんの人生であろうか。にわかにそんな焦燥感に駆られてきた。
モテたくて必死だった20代、金持ちになりたくてがむしゃらだった30代。
何にせよ、人間何かを追い求めているうちが花だ。
戦後、貧困で苦しんだ世代はカネや家に執着した。
彼らの時代の犯罪は、かっぱらいに始まり保険金殺人に行きついた。犯罪は世相を反映する。
こんにち、その対象は「愛情」に移った。愛情や賞賛を求めて、人びとはさまよう。ストーカーやリベンジポルノなどはその仇花である。
では、20年後どうなるのか。犯罪は「完全燃焼」希求型になるだろう。
志がない。燃えられる対象がない。そんな不完全燃焼感を苦にして自殺したり、やけっぱち犯罪に走ったりする者が出てくるに相違ない。
世俗的な欲望はおおかた満足している私がいま飢えているのが、まさにこの完全燃焼感だ。
こんな生煮えのままでは死ねぬ。そんな思いを年々強くする。これは歳のせいだけではない。成熟社会に生きる上での宿命なのである。
もういいオヤジだ。チャラチャラしている場合じゃない。もうチャラ男といわせない。
写真:司馬遼太郎先生のお墓は清水寺の隣の大谷本廟にあります。過日の京都行きの際は、お墓参りの後、先生が少年期過ごした竹内集落、司馬遼太郎記念館を訪問。司馬遼太郎を堪能した1日でした。

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2015年12月15日

男酒日記 96日目「東京砂漠ーー寄る辺は飲み屋か消防団か」

坊やが通う幼稚園はすごい。何がすごいかといえば、我が家以外いずれも移住組なのである。
札幌、川崎、大阪、渋谷、岡山など、子供の教育のために越してきた。まさに現代の「孟母三遷」である。
一昨日、パパ友による忘年会が開かれた。こんなに楽しい宴はなかなかない。すっかりはしゃいでしまった。
その夜、余韻にひたりながら、私の「ふるさと」はここなのだと確信した。
パパ友たちは年齢、価値観、ライフスタイル、学歴、仕事、感性など何かと近いものがある。
それに居住地の近さが加わった。これぞ成熟日本の「新しい村」である。
司馬遼太郎は「故郷にくるまれて生きることが幸せである」といった。
だが、故郷を持つ現代人はどれだけいるだろうか。地域社会は崩壊し、ひとたび都市に出れば、根無し草人生への片道切符。
帰郷することも、新たな「ふるさと」を発見することもできぬまま、東京砂漠で行倒れとなりかねない。
一方、我が義弟は地元生え抜きで、これまで「村」を出たことがない。まさに帰郷にくるまれて生きている。そんな彼の活動の拠点は消防団である。
防犯や祭礼を中心とした地域活動に精を出し、集っては酒を飲み、家族ぐるみで旅行をする。
消防団は現代の若衆組なのだろうか。男たちは消防団を通じて地域の「オトナ」になっていく。
その点、都市生活には、こうした成熟化機能が欠落している。出会いはあっても、「村」を構成するに至ることはきわめて少ないだろう。
だが歳をとると、誰しも「村」を恋うようになる。そのとき、残されているのは飲み屋くらいかもしれない。
飲み屋とは、都市生活者のかりそめの故郷なのだろう。だが、そこに成熟機能は期待できない。
お客同士が地域の問題を解決するーーいま求められているのは、そんな消防団機能を持った飲み屋なのかもしれない。
写真:京都八瀬。ここに永住しようと考えたが、草花を植え替えるようにはいかなかった。ふるさとを発見するのもなかなかたいへんだ。

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男酒日記 95日目「酒気帯び原稿と荒恵比寿顔」

はやしださんとは、とある番組の懇親会で知りあった。2年ほど前のことだ。
ひと回り上の酉年、誕生日も同じ10月2日。心理学を専攻し、叙情の指向性もよく似ている。今夏、はやしださんは孫娘を、私は娘を授かった。
さらにはやしださんは、私が保有する京都のマンションの初代副理事長で、あろうことか部屋は私の真上であった。
数奇な縁の極めつけは同じ時期に断酒日記をつけ始めたことだ。いや、彼のが1週間ほど早い。私はそれに触発されたのだから。
そのはやしださんと京都で面会した。
これまでシラフで、はやしださんと会ったことがない。対面するときは、おたがいすでに出来あがっていた。
酔っ払い同士がシラフで対面すると、妙な気恥ずかしさを覚えるものだ。
それはさておき、彼との対話で得た着想がある。
それは、酒飲みはたとえアルコールを摂取してなくても、「酒気帯び」になるという論点である。
思いあたることがある。8月に書き上げた原稿がある。これを断酒後読み返してみたら、酒の臭いがプンプンしていて読めたものではなかった。まさに酒気帯び原稿なのである。
文章全般に酔いがみられ、ところによっては酩酊している。
これでは人様にお見せすることはできない。私は原稿を全面的に書き直すことにした。
繰り返し手を入れるうちにしだいに酒気が抜けてきて「シラフ原稿」に仕上がった。
これは原稿にかぎった話ではない。たとえば人相。
酔っ払っているときのご機嫌顔がふだんの表情に貼りつくのだろうか。酒飲みには、よくいえば恵比寿顔ともいうべき、ニンマリした笑みをたたえている人が多い。親父の兄弟などまさにそんな顔ばかりだ。
顔立ち同様、心も穏やかならば恵比寿さまとして愛されるのであろうが、そうではない。いきなり荒恵比寿に化けるのだから困ったものである。
このあたりの感情起伏の激しさも酔っ払い特有のもの。飲酒時の感情のありようが常態化してしまったのであろう。
こんな話を小一時間。はやしださんとの語らいは共鳴の連続だった。同病相憐れむ。イタイところに手がとどく。
せっかくこんな「病」を授かったのだから、元を取らねば損ーーこんな結論で、酔っ払い同士のシラフ対談はお開きとなった。
写真:お土産でいただいた三宅八幡の「はと餅」。子供の健康な成長を祈って、きょう家族でいただきました。

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posted by 雄峰 at 04:35| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

男酒日記 94日目「飲み鉄やめたら、こうなった」

断酒してから初めてのひとり旅。いくつか用事を済ませたら、午後2時に大阪鶴橋にいた。
以前なら、それから新世界あたりで飲んで、定宿のサウナに泊まって、翌朝、青春18きっぷで関西本線から中央西線を乗り継いで東進したことだろう。
当然朝から車中で飲む。それどころか、途中上諏訪か甲府あたりで降りて、行きつけの飲み屋に行っていたはずだ。
ところがその4時間後、夕刻6時には仕事場に帰着していた。
東海道新幹線なんてめったに乗らない。乗るとしても、あえて「こだま」を選んできたが、来あわせた博多発「のぞみ」に乗車。
高尾には新横浜駅から横浜線が早いのだが、私はたいてい東京駅まで行って中央ライナーに乗っていた。すべては飲むためにである。
だが今回は、横浜線利用。つり革につかまりながら本を読んでいた。
こんなビジネスマンの出張のような旅は過去に記憶にない。
飲まないというだけで、これだけ行動がシンプルになるのか。これには自分でも驚いた。
写真:當麻寺名物の「中将餅」。目の前でさっさとこしらえてくれたよもぎ餅。日もちしないので自分用。車中で茶を飲みながら7個すべていただきました。

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posted by 雄峰 at 04:34| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

男酒日記 93日目「天声人語に御用心」

朝日新聞「天声人語」には予告なく掲載される。もう10年も前になるが、私の発言が紹介された。
そこからたいへんなことになった。マスコミの取材やら講演やらで引っ張りだこ。
NHK「おはよう日本」で特集が組まれ、その煽りを受けて、翌年「第17回社会起業家賞」を受賞した。
大新聞にはひと通り載り、いろんな大学や団体から出講依頼が相次いだ。
元来サービス精神が旺盛なので、こころよく応対していたが、ストレスにも感じていたのだろう、酒量が増えた。
NPOを主催し、お年寄りから聞き書きを行う好青年ーーこれが、私に求められた人物像であった。
こんな日記を書いていることからもわかるように私はそんな人物ではない。
だが、世間はそれを許さない。聖人君子のごとく私を崇めたてまつってくれる善男善女たち。彼らのあたたかい眼差しを裏切ることは私にはできなかった。
私は虚像を演じた。自分を裏切った夜は、深酒しておのれを取り戻す。そんな日々が続いた。
5年前、もうマスコミには出ないと決意してから、ようやく私を苦しめてきた虚像が影をひそめてきた。ようやく身辺に平穏が訪れた。
電話1本かかってこない1日がいかにありがたいことか。断酒できたのも、こうした平穏無事の日々があってこそだ。

写真:こんな冊子を出してました。資料としての価値はとても高いと思います。だが、もはや話を聴きたいと思うお年寄りがほとんどいなくなったので、活動は停止しました。

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posted by 雄峰 at 04:32| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

男酒日記 92日目「広告?ー京都観光より京都暮らし」

原発事故を受けて京都に疎開したのが4年前。永住しようと思い始めた矢先、いい物件が出たのでマンションを購入した。
リフォームもバッチリ、引っ越しも終えた。さあこれからというとき、坊やがよちよち歩きを始めた。
そうなると、とたんに窮屈に感じられてきた。放射能汚染も収束(?)したようでもあるので、居住わずか数ヶ月で東京に引き上げることにした。
その後はときどき別荘として使っている。友達にも貸したりしてきた。
比叡山の麓の最高の環境でとても気に入っている。老後はここと決めているが、なにぶん遠いからめったに来られない。
賃貸に出そうと決めたが、もたもたしているうちに年の暮れ。きょうは風を入れに久々にやって来た。
京都には一生に一度は住んでみていただきたい。
2週間でもいい。暮らしてみると京都どころか日本の見え方が変わってくるはずだ。
大晦日の洛中の正月支度、洛北岩倉の民家のたたずまい、上賀茂神社界隈のの夏の夜闇ーー私が好きな京都三景だ。
河原町の飲み屋に行くのもいいが、地元のスーパーや市場で食材を求め、自分で料理してみる。
大原の油揚げや豆腐、舞鶴あたりから来る魚介を肴によく飲んだものだ。
比叡山にかかる月や変幻目まぐるしい冬場の天候は、酒の味を引き立てる。
思えばここは飲むには最高の場所である。それこそ飲むためだけにここを維持してきたようなものだ。
さて名残惜しいが、ここを貸し出すことにし、昨日不動産屋に広告を頼んできた。
すぐ近くにエクシブ八瀬離宮もある折り紙つきの立地。国際会館駅、八瀬比叡山口駅が最寄り駅。冬場は全館暖房で暖かい。
セカンドハウス、親孝行にもお奨め。
この記事をご覧になっていて興味がある方がいれば、ダイレクトメールをください。不動産屋の連絡先を伝えますので。
尚、以下の動画をご覧になれば、雰囲気がよくわかるかと。
1.室内案内
https://www.youtube.com/watch?v=agiZ4SUlF8Q
2.エントランス周辺
https://www.youtube.com/watch?v=QN2i_AE8s3M
3.周辺
https://www.youtube.com/watch?v=Tx5imPyL6Gc
写真:目の前には高野川。見上げれば比叡山。あの山の向こうは大原の里。最高です!

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posted by 雄峰 at 04:31| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

男酒日記 91日目「『心中の賊』を破れば」

2時に起きるべく、7時ころ寝床に就くようにしてから1週間ほど経とうとしている。
結果は惨憺たるものである。あれだけ眠気が襲って来ていた時間帯なのに、寝ようと思うと眠れない。
たとえ寝ついたとしても1時間ほどで目覚めてしまい、その後、寝床でもんどり打って、結局起き出してしまう。
寝ようとすれば眠れぬ。起きようとすれば眠くなる。こういう時つくづく思う。心とはなんと偏屈なものか。
ひょっとしたら身中には、私の理性とは別個の知性が巣食っていて、そいつが邪魔をするのかもしれない。
天邪鬼とよばれるものがそれなのだろうか。それとも潜在意識か、はたまた野生の本能というやつなのか。
何なのかわからないから、ひとまず「ヤツ」とよぼう。
ヤツの存在を特に感じるのはダイエット中だ。
急激に痩せると、ヤツが「お前、いったい何をやろうとしているんだ? 俺を殺す気か」と問いかけてきて、抵抗を始める(ヤツとの戦いに敗れるとリバウンドする)のである。
ヤツからすれば、宿主たる身体が急激にやつれてゆくことは、おのれの生き死にに直結する問題だ。心配になるのも無理もない。
一方で、ヤツは私の頭脳で考えていることは理解できないらしく、ダイエットとは何たるかはわかっていない様子である(なんだか我が子をみるようだ)。
ダイエットが厄介なのは、贅肉を落とすだけでなく、ヤツも宥めなければならないからだ。
思うに、この図式は自分と世間との関係によく似ている。
世間に何らか作用すれば、何らかの反作用が返ってくる。
変革を成し、それを安定させるには、辛抱強く働きかけなければならない。それはヤツを手なずけ、減量を成功させるのとよく似ている。
「自分を改革できない者が世の中なんて改革できるわけがない」といったのは誰だったか(コヴィー博士だったかな)。
陽明学でもいう。
「山中の賊を破るは易し、心中の賊を破るは難し」
世間との関係に悩んでいる諸君、まずはダイエットか断酒でもして「心中の賊」を打倒してみてはいかがだろうか。
その勢いをかって世に打って出れば、「山中の賊」など、意外とちょろく感じられるはずだから。
写真:金沢経由なら京都に行くのも楽しい。4時半に高尾を出て京都に11時着。4000円余分にかかるけど、東海道新幹線よりずっと楽しい。
これで北陸新幹線踏破。JR全線完全乗車のタイトル防衛♪

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posted by 雄峰 at 04:30| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

男酒日記 90日目「これで、ご先祖様に顔向けできる」

最近ふしぎな感覚にとらわれる。それは「断酒していない」ような感じになるのである。
かといって、飲んでいる感覚があるわけでもないし、じっさい飲んでもいない。
これは解脱症状(←造語)かもしれない。本格的に酒を意識しなくなったということだろう。
断酒以来、日々の目的は「飲まない」ことであった。飲まずに1日を終えられれば「勝利」であった。
仕事もろくにせず、毎日酒対策ばかりに精を出してきた。
だが90日にもなると、さすがに慣れてきて余裕が生まれてきている。それが冒頭で書いたような心境をもたらしたのだろう。
何をもって「当たり前」とするかが文化であるという。
我が盛池家は「大酒を飲む」という文化のもと、おそらく何百年も代々飲み続けてきたのだろう。
放っておけば、この文化は坊やにも受け継がれてしまう。だが、こんな文化は私の代で食い止めねばなるまい。
酒が貴重品である時代ならともかく、ここまで手軽な品になってしまったからには、よほど注意せねば身を持ち崩すことになるからだ。
私のモットーは「子孫繁栄」である。先祖たちもそうだったのだろう。子孫に美田を残そうと奮闘努力してきたことを私は知っている。
だがこの時代、子孫に残すものはもはや田畑ではない。では、カネや株券、不動産か。いや、そういう時代も終えようとしている。
いま我々が子孫に残すべきは、よき文化ではないか。
よき1日の習慣、よき1年の行事ーーその集積こそがよき文化を織りなす。
3代先の子孫たちが感謝してくれるような文化を構築してゆきたい。これでようやくご先祖様に顔向けできるというものだ。
写真:私鉄9社スタンプラリー、5日かけてようやくコンプリート。首都圏の私鉄はつらかったなあ。

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posted by 雄峰 at 04:29| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

男酒日記 89日目「ある僧侶の100日修行」

プロデュースしていたラジオ番組で、神楽坂のお坊さんにご出演いただいていたことがある。
互井観章さんという、当時40代半ば、いまの私と同じような歳のころの僧侶であった。
観章さんは「東京ボーズコレクション」を手掛けるなど、横紙破りのお坊さんとして知名度を上げていた。
いかにもこれからテレビでコメンテーターでもつとめそうな雰囲気であった。
そんなころ、いきなり100日間の荒行に出てしまった。
ごくわずかの睡眠時間でひたすら修行に打ち込む日々を送ると聞いて、私はそのわけを尋ねてみた。
すると観章さんは「いまやらないと、ダメになるからですョ」とニコニコしながらおっしゃった。
「本業」以外でも誘惑が増えてきたこの時期だからこそ、我が身を律しなければならないというのである。
当時の私はその意味がよくわからなかったが、いまならわかるような気がする。
思えば、観章さんの100日修業は、私にとっての断酒ではなかったか。
男の四十代、自覚的に生きるか漫然と過ごすか。おのれを疑うところからすべては始まるもののようである。

写真:大阪の「おかん」から長芋をいただきました。とろろ、千切り、焼き物にして日日味わっています。おかん、ありがとう!

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posted by 雄峰 at 04:27| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

男酒日記 88日目「夫婦の会話を減らそう」

「夫婦の会話を増やそう」というメッセージがはびこっているが、私はこれに異を唱えたい。
むしろ夫婦の会話は減らすべきだ。なぜなら、減らすことによって阿吽の呼吸が体得できるからである。
言葉などに頼るのではなく、空気を察しあえてこその夫婦ではないか(――というものの、我が家でそれがなしえているというわけではない)。
男と女なんてものは、一見おたがい人間の形をしているが、別種の生物と考えたほうがよいかと思う。
生命体としての目的も生きるための術も異なる者同士だ。女は男の性衝動はぜったいにわかるまいし、みずからの腹で血液型も違う生命を育て産むなんてことは、男にはとうていわかるはずがない。
わかりあえないと思えばこそ、おたがい歩み寄りが生まれる。これが思いやりというものであろう。
わかりあえると思い、むやみに会話を増やしたところで、結局喧嘩になるのがオチである。
昔のオヤジが、家の中で寡黙だったのは、こうした現実を踏まえてのことであろう。
彼らはもともと無口なのではなく、わかりあえぬ世界をそれぞれ抱える者同士の語らいの不毛さを知っていたのではないか。
よくいえば、言語などで支配しようとせずに、相手の存在を尊重していたということになる。
さて、この日記を書くようになってから俄然口数が減った。元来多弁な私であるが、読者に語りかけることで溜飲が下がったのであろう。
家内をはじめ家族との語らい、というか承認を得たいという欲が失せた。
これが結果として、一家和楽をもたらした。
会話に傾斜した人間関係は、陳腐な求愛行動に他ならない。沈黙に土台を置いた成熟した人間関係に回帰すべきではなかろうか。

写真:『悪妻の日本史』。どうやら妻というものは「良妻ー悪妻」というX軸と「幸運妻ー不運妻」というY軸で区分できそうである。
「良妻ー幸運妻」がベストであることはいうまでもないが、それに次ぐのは「悪妻ー幸運妻」のようである。(^^;;

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posted by 雄峰 at 04:26| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

男酒日記 87日目「ナマポとタクシー」

飲んだあと、混雑した通勤電車に揺られるのは興醒めだ。だからよく中央ライナーに乗ったものだ。
窓辺に缶ビールやつまみを並べて、高尾まで小一時間の二次会。その後、自宅で三次会。そして翌朝、二日酔いで起き上がれない…
断酒してからは、混雑する通勤電車で本を読みながら帰宅し、それからジョギングするようになった。1日が3倍になったような気分だ。
さて、生活保護の審査官をやっている友人の話で印象深かったのが「受給者はタクシーをよく使う」というもの。
生活保護を受けていながら、タクシー利用はないだろう、とたいていの勤労者は思うことだろう。私も同感だ。
だが、一部の受給者は筋金入りの面倒くさがりで、また浪費癖が激しい。いくら説諭しても馬耳東風。行動が改まることはないと彼は嘆く。
だが思えば、飲んで中央ライナーで帰宅する我々もそれと変わらない。
飲んだら、せめて通勤電車で帰ろう。分際をわきまえて行動しないと帳尻が合わなくなる。中央ライナーは疲れた勤労者に譲ろう。
おもしろいもので、頑張れば頑張るほどるほど頑張れるようになり、怠惰になればなるほど怠惰になるものである。
世にいう二極化とは、帳尻を合わせようとするバランス派とそんなの無視派かたち作られているように思える。

写真:上野原名物の酒饅頭。最近これがうまくてうまくて。坊やと1個ずつ食べる前に3個(あんこ、みそ、とと=マスの切り身)をぺろり。

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posted by 雄峰 at 04:26| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

男酒日記 86日目「101日目以降について目下思案中」

以前公言したとおり、この日記はあと2週間ほどでいったん終える。
その後どうするかについて、このところ考えている。
怖れていることは、100日を境に酒癖が復活することだ。正直なところ、100日を一つの区切りとして考えている「自分」がいるので油断ならない。
大願成就するまでは断酒を続ける考えに変わりはないので、100日を淡々と通過できるように今から考えておかねばなるまい。
可能性が高いのは、「耳学問の雄峰塾」というフェイスブックページを開設しているので、そこに記事をアップし、それにコメントをつけてシェアするという方法である。
興味のある方は、以下のページに「いいね」して読者になっておいていただきたい。
https://www.facebook.com/seikejuku/
せっかくなので、こちらのフェイスブックへの投稿も再定義しようと思う。
司馬先生に倣って、自己肥大、自己愛、自己顕示がムンムンしているような記事はアップするまいと決意した。
となると、どんな記事ならそれらのフィルターをくぐり抜けるのだろうか。
なるほど!
びっくり!
おもしろい!
ーーこんな切り口かな、とも思うがどうなのだろうか。
そんな記事、ほとんどないような気もする。だが、それも一つの到達点というものであろう。

写真:郷土資料館での「八王子と鉄道」展は日曜日まで。幼稚園が終えてから、坊やと見に行こうかな。

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posted by 雄峰 at 04:24| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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