2016年03月28日

【160327】こんなに気難しく、こうるさい男の嫁とは、いったいどれだけ「できた人」であろうかと思われるかもしれない。

こんなに気難しく、こうるさい男の嫁とは、いったいどれだけ「できた人」であろうかと思われるかもしれない。
大家族の嫁として、義父母とも義妹家族とも折り合いがよく、子供たちにもやさしい。
幼稚園のママ友たちとも仲良く、近所づきあいもいい。私が孤立しているのとはえらい違いだ。
貞操観念が堅固で、身体も丈夫。2人の子供を産みながら、あのナイスバディはたいしたものだ。
日がなのんびりテレビを見て過ごし、夜は8時には子供たちと寝てしまう。
彼女のすごいところはこれだけではない。
まず第一に、夫に無関心である。これは武士の内儀の嗜みとされていた美徳だ。
「愛情の反対は無関心」というが、甲斐甲斐しさの見返りに束縛されるくらいなら無関心でいてくれるほうがどれだけありがたいことか。
そして何よりもよかったのが、私と話が「まったく合わない」ことだ。
私がいくら日本およびその歴史を憂慮しようと、彼女には馬耳東風。「演説」を始めると、数分でウトウトし始める。
当初はそれにいらだったが、いまは違う。夫婦の会話は、週に原稿用紙1〜2枚程度でいい。それが夫婦円満の秘訣。夫婦の会話は減らすにかぎる。これが阿吽の呼吸につながるのである。
もっとも、私のような異常活力者にまともに向き合っていたら精神を病んでしまう。
私にしても、相手にされないからこそ外の世界で勝負しようという気魄がみなぎる。
西郷隆盛も大村益次郎も家庭には居場所がなかった。家庭の居心地がいいことは、男にとってけっしてよいことではないのだ。
「あげまん」とは甲斐甲斐しい女というより、なんであれ男を奮起させてくれる女をいうのだろう。
これぞ天の配剤、夫婦とは妙なるものなり。

○耳学問の盛池塾
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posted by 雄峰 at 08:00| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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