2016年03月25日

【160324】家庭裁判所から「OK」をもらってからまもなく1年になる。旧名「雄歩(ゆうほ)」を「雄峰(ゆうほう)」と改めたのだ。

家庭裁判所から「OK」をもらってからまもなく1年になる。旧名「雄歩(ゆうほ)」を「雄峰(ゆうほう)」と改めたのだ。
昨今、DQNネームとかキラキラネームとかいわれているが、私の名などその走りであろう。
変な名前をつける親は、子供の人生に対する想像力が希薄であると言わざるを得ない。つけられた子供が直面する困難を想像できていないからである。
親父にも彼なりのロマンティシズムがあったことはわかっている。
だが、それは人の名において実行すべきではない。せいぜい本のタイトルとかペットの名前くらいにとどめるべきだろう。
ともかく子供の名に過剰な「想い」を込めてはならない。それは「重荷」でしかないからだ。
さて、改名は意外とかんたんにできる。5年も強引に名乗っていれば裁判所が戸籍名として認めてくれる。費用は800円程度。
だが、犯罪者が名前ロンダリングに悪用することもあるので社会的信用が必要だ(私は拓殖大学客員教授の登録名を「雄峰」にしていたのでスルリといった)。
親がつけた名を変えることは、整形に近い背徳感がある。改名に踏み切るには義絶に近い決意がなければなしえない。
こんな私でもそのあたりは引っかかった。「雄峰」とあたかも僧籍を取得したかのような隠微な変更にとどめたのもそういう心情の表れだ。
ちなみに、改名したら運がよくなった。
姓名判断とかまったく興味がないが、自分で命名したことで地に足がついた感じがした。これが自信をもたらし、ツキにつながったのかもしれない。こんな効果もあるから、改名は人生の選択として悪くない。
日吉丸が木下藤吉郎、羽柴秀吉、豊臣秀吉となっていったように、名前など気分と気概でどんどん変えればいいと思う。
二十歳になったら、いったん名前を継続するか変えるか意思を問うのはいかがだろうか。いかにも成人行事としてふさわしいと思うのだが。
我が子には一生懸命考えて命名したが、彼らが変えたいと考えるのなら、変えてもらって何らさしつかえない。
君たちの人生は、君たちのものだ。親の所有物ではない。
自分の人生は、自分で編集していけばいいのである。
posted by 雄峰 at 12:04| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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