2016年03月25日

【160320】以前、某メガバンクから講師を頼まれた。その際「しきたり」として、丸の内の本店に挨拶に出向くことになった。

以前、某メガバンクから講師を頼まれた。その際「しきたり」として、丸の内の本店に挨拶に出向くことになった。
そこで面会したお偉いさんほど不快な人物は後にも先にもいない(あ、もう1人いたなあ)。
「こやつがふんぞり返っている社会を、いずれひっくり返してやるわい」と腹の中が煮え立った。
じっさい、そんな屈辱感が革命の原動力になるものだ。
明治維新の志士は三千人くらいであろうと司馬遼太郎は推測する。
当時の人口を元に換算すると、1万人に1人(現在の八王子市に換算すれば50人)という割合になる。
0.01パーセントの人間が本気を出せば世の中は変わるのである。
彼らの階層は「上の下」というところだろう。
近年、民衆史観イデオロギーが蔓延してきて、しばしば下層民が改革を担ったとされるが、さにあらず。
じっさいは下級武士、つまり見下された読書階級が主力であった。
現代社会になぞらえれば、私などまさに「上の下」に属すると思われる。
私は、いわゆる「上から目線」に対しては過敏で、「見下す者」を見下そうと躍起になる。
マスコミなどの「権力者」(ちなみにこんにちの政治家は権力者とは思えない)に食いつくのは、習性というより、天が与えた役割ではないかーーそんな気持ちにすらさせられる。
なんであれ、状況を勝手に解釈し、勝手に使命感を持っているほうが日々ハツラツと生きられる。
損で面倒な役回りだとは思うが、こんな人生であろうと、渾身の力でのぞむほかあるまいーーと旅の空。


posted by 雄峰 at 12:00| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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