2016年03月25日

【160317】法律番組をつくっていた関係で、弁護士と日常的に接するようになった。驚いたのは、彼らが一様に「別にやりたいこと」を持っていることだ。

法律番組をつくっていた関係で、弁護士と日常的に接するようになった。驚いたのは、彼らが一様に「別にやりたいこと」を持っていることだ。
ある弁護士は映画を製作した。
ある弁護士は本を書いて、作家への意欲を燃やしている。
ある弁護士は大学教授の道に進んだ。
私の顧問弁護士も、○○に野心ありと仄聞した。
むろん仕事命という人もいるが、私の周辺ではごく少数だ。
私はここに「プロフェッショナルの時代からアーティストの時代」への胎動をみる。「処理」から「創造」へのシフトといってもいい。
私も「処理」で報酬を得ている。やり甲斐もあるが、それだけは嫌だ。やはり、何かしら創造していきたい。一銭にならなくても何か創っていたい。
弁護士諸氏の「内職」にもそんな心の内が見てとれる。
話はそれるが、以前我が家に、某メガ新聞の記者が取材に来ることになった。取材とはいうが要は飲みである。
「もう2人同行していいか?」と言うので「いいよ」と告げた。やって来た同行者はあろうことか裁判官(男女1人ずつ)であった。
近年、非常識判決が問題になっているせいか、彼らに社会常識をつけさせるために、こんな「社会科見学」が導入されたらしい。
「取材」中、我々はさんざん酔っ払ったが、2人は飲まずにいた。
こんなの、社会勉強にはならないだろうと思ったが、そうでもなかったかなと今では思っている。
法律家は純粋培養ではなく、やはり「中途採用」を主にすべきではないか。世間力なき者に法律を濫用されては、軍国日本の二の舞だ。
かつて、世間知らずの士官学校出エリートが国をめちゃくちゃにしたように、「密室エリート」は国家の獅子身中の虫となる。
権力を監視するーーかの記者の属する新聞社はそんなことをよくいうが、彼が監視すべきは、目の前の法曹人ではなかったのかな。


posted by 雄峰 at 11:56| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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