2016年03月25日

【160315】「寂しい人はカネがかかる」と木村剛さんは言った。

「寂しい人はカネがかかる」と木村剛さんは言った。
身寄りがなければ、例えば肩がこればマッサージ代がかかる。クルマのタイヤ交換でも手間賃がかかる。子供を預けるにも保育料がかかる。
これが私の場合だと、面倒くさがりながらも家内が肩腰を揉んでくれる。義弟がタイヤ交換してくれる。子供は爺婆が面倒をみてくれる。
これらを「外注」すれば、その費用はばかにならない。これは拡大家族だからできる強みだ。
拡大家族とは、核家族の反対側の概念で、要は三世代同居とか集住などをいう。
昔の家族は、三世代どころか叔父さんや知人の子供、さらには下宿人なども同居したというケースがざらにある。
いま水面下で進んでいるのは、こんな拡大家族化である。
たとえばシェアハウスなんてその好例だし、ゲイカップルもそういう範疇に入るのではないか。
同じ趣味の人たちが寄り集い、生活をともにするという動きもいずれ一般化するのだろう。
しがらみの煩わしさを避けて、都会で気ままな単身生活を楽しむことを望んだ人びとがいま、孤独死に直面するなど、核家族戦略のほころびが随所に現れてきている。
とはいえ、こうした流れに乗るには体質レベルで変革しなければならない。
まず必要なのがコミュニケーション能力だ。ついで忍耐力も不可欠だ。
身内とはいえ、他人と暮らすには、当然ストレスがともなう。独り暮らしの気楽さに慣れてしまうと、集団生活はかなりきついものに感じられるからだ。
その昔、「ひとりで生きていける力」なんてものが尊ばれたが、いまやそんなことはたやすい。
これからの時代において、必要とされる能力とは「10人で生きていける力」なのである。


posted by 雄峰 at 11:53| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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