2016年03月25日

【160314】その昔は、カネが「ない」という理由で結婚したものだ。

その昔は、カネが「ない」という理由で結婚したものだ。昭和30〜40年ころと考えてもらっていい。
それがいまや、カネがないから結婚できないという。
その間にいったい何があったのか?
それは「結婚の商品化」である。
古巣リクルートは高額商品を扱う。住宅、クルマ、就職、旅行、そして結婚だ。
高額商品を購入する際は、誰でも動揺する。そこでリクルートはミドルマンとして売り手買い手の仲介業を担ってきた。
結婚をはじめ、高度経済成長期を経てありとあらゆるものが商品化されてしまった。
その流れのなかで、我々自身も消費者として飼い慣らされた。
「賢い消費者」なんて呼ばれたら、私なら穴があったら入りたいが、世間ではそうでもないらしい。
気の利いたサービスや商品を購入した様子が嬉々としてフェイスブックで公開されているのをみてもそれはあきらかである。
こんな時期に、家族の解体は進み、核家族化が進展した。
核家族とは、いうならば「消費主義家族」ということになる。
各人ばらばらに買い物を楽しむ。何かを生み出すというより、何を買うかに軸足が置かれた人間関係だ。
それぞれが日銭を稼ぎ、入り用の物を購う。江戸時代の長屋暮らしの単身者の暮らしぶりに近い。
そんな「その日暮らし」は、高度経済成長期およびその余韻期においては成り立った。
だが、本格的な停滞期(私は「成熟期」であるとみているが)においては立ち行かないと思われる。
なぜなら、稼ぎにくくなる一方、鵜の目鷹の目の収奪システムが整備され尽くしたからだ。
「寂しい人はカネがかかる」
番組でこんな発言をしたのは、かの木村剛さんだ(その後、どうなったのかな)。
ーー今日はここで力尽きた。つづきは明日にでも。しからば今日はこれにて御免。
posted by 雄峰 at 11:52| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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