2016年03月25日

【160311】「持ち家」とはいうが、現金一撃購入かローンかでは雲泥の差だ。

「持ち家」とはいうが、現金一撃購入かローンかでは雲泥の差だ。
現金一撃購入がいちばんであることは当然として、つぎにくるのは賃貸だろう。ローン中では本来「持ち家」というべきではないのではないか。
田中角栄は大蔵大臣のときに「銀行はどんどん住宅ローンを貸し出せ。そうすれば借り主は保守的になるので、自民党に有利だ」と息巻いたそうだ。
発言の真偽は定かではないが、ローンが「精神的拘束」であることは、エスタブリッシュメントの間では当然とされていたようである。
それに先駆ける昭和30年ころ、「お金の神様」とよばれた作家・邱永漢は銀行から融資を受けて青山あたりの不動産をいくつも買った。それらは急激に値上がりして、彼は大金持ちになった。
だが、邱さんが融資を受けて不動産を購入するのをみた人たちは「何やってんだ邱さん、金借りて不動産買うやつがあるか?」という反応であったという。
かくも先見の明がある人とは、同時代の常識人にとって理解不能な行動をとるものなのだ。
懇意にしている不動産エージェントは「皆さん、目一杯借りられるだけ借りて、目一杯買えるだけ高い物件を購入する」と言っていた。
そんなことなら、「震度1」程度の生活衝撃で返済計画は破綻してしまうのではないかと危惧する。だが、彼らにはそんなこと、どこ吹く風らしい。
ちなみにそのエージェント自身は、中古マンションを半金ほどローンを組んで購入したとのことだ。プロは手堅いのだ。
(前職なので感謝しているが)リクルートの不動産メディアは、「今が買い時!」と、年がら年中がなり立てる。
そんなのに引っかかる人なんているのだろうかと思いきや、けっこういるのだと驚かされる。
なんて、持ち家の話をしていたら、また「核家族から拡大家族へ」というテーマが横道にそれてしまった。
つづきはまた明日にでも、ということで今日はこれにて御免!


posted by 雄峰 at 11:48| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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