2016年03月25日

【160310】いま七十歳前後の人びとが「親」になった時代だから、今から30〜40年前のことだ。

いま七十歳前後の人びとが「親」になった時代だから、今から30〜40年前のことだ。
彼らの戦略は「いかに核家族を営むか」にあった。
経済規模が拡大し、社会の流動性が高まるなか、それはにわかに実現可能になった新しい家族形態であった。
当時はまだ、長男でありながら郷里を離れることは白眼視された時代であった。
私の恩師は「東大に合格したら、東京に出てもいい」と親に言われた。彼は奮起して東大に合格して、故郷を捨てた。その背徳感に、彼はいまださいなまれるという。
そんな時代もすでに遠い昔の話。こんにち、核家族はすっかり「標準」となった。
結婚すると気に入った街に家を買い、何十年というローンを背負い込む。これで「持ち家」のあるじだ。
おっちょこちょいの私は気づけば5軒の家(とはいえ、中古マンションなどほそぼそ)を持つ身となったが、持ち家ゼロだった頃から、「持ち家」にマルをつけていた。
なぜなら、親の家には子々孫々住むものであり、親の家は私の「持ち家」であるとみなしていたからである(当時から、そんな偏屈者であった)。
金融業者がいまだに「持ち家」が資産力=返済力であるとしているのは笑止千万で、「貴殿の石高や如何に?」などと問うているのと変わらない時代錯誤ぶりだ。
ーーなどと悪態をついているうちにくたびれてきた。
「核家族の罠と拡大家族戦略」というテーマで明日も続けるとして、きょうはこれでおしまいです!


posted by 雄峰 at 11:46| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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