2016年03月25日

【160304】もともと涙もろいが、最近激化してきた。

もともと涙もろいが、最近激化してきた。
難病の子供を取材したドキュメンタリーをみていたら号泣してしまい、仕事にならなくなった。
こんなことが増えてきたのは、歳のせいだろうか。
司馬遼太郎は、40代になると感情のタガが弛んできたと、ご自身の実感を語っていだ。
かくも心身は変質するものだが、往々にして無自覚なものである。
老害とよばれるものの原因は、こうした経年変化の認識欠如から引き起こされることを思えば、こうした変化にはつねに鋭敏でありたいものだ。
五木寛之は車線をトレースできなくなっている自分を発見し、運転免許を返上した。さすがと言うほかない。
おのれの心身を「鏡」映すように捉えるためにいちばんいいのが、周りから指摘してもらうことだろう。
だが、私は押し出しが強いし弁も立つ。私に忠告するような無謀な人はほとんどいない(そもそも忠告という行為が下品でもあるが)。
だが、それでは成長のための糸口が得られないので、信頼できる友人には「1点500円で忠告して欲しい」と依頼したこともある。
ただ、いまはこの日記がその役割を果たしつつある。
まもなく始めて半年になる。日々綴って、ときどき読み返すと、我ながら変であると思うようになってきた。これは、ここ数年で最大の収穫だ。


posted by 雄峰 at 11:41| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。