2016年03月25日

【160303】過日、メンタルを患ったという人から「盛池さんは鈍感だし、回復力もあるから、心の病気になりませんよ」と言われて、ほっとした。

過日、メンタルを患ったという人から「盛池さんは鈍感だし、回復力もあるから、心の病気になりませんよ」と言われて、ほっとした。
鬱病になるのではないかと、しょっちゅう予防策を調べていたからである。
鈍感かーー自分ではそう思っていなかったので新鮮だ。そうみている人もけっこういるのだろうな。じっさいそうなのかもしれない。新しい切り口を獲得できて刺激になった。
もう一つの「回復力」については自覚がある。
「回復力」とは「物語をつくる力」ではないかと思う。
私はいかなる苦境に陥ろうと、自分が主人公の物語を編み出すことができる。都合よく状況を解釈するのだ。
どんな物語にも、主人公が苦境に陥ることがある。いうならば「見せ場」だ。
だから、私にとって「苦境=見せ場」なので、むしろハッスルする(安逸を貪っているときのほうが元気がないくらいだ)。
断酒にしても、安逸のなかに無理やりつくった見せ場といってもいい。こんなたちだから、打たれ強い。打たれ強さが回復力というものなのかもしれない。
さっきの件でも、「鈍感」と言われれば、傷ついて落ち込む人もけっこういるのではないかと思うが、私はそうではない。そこに可能性を見出す。
今まで気づかなかった「鈍感な私」を発見できた興奮のほうが大きい。これは虚勢ではない。そういう思考体質なのだ。
かくも人はそれぞれ違う。
私はこの場で自分の「正しさ」を主張しているのではない。むしろ、私の言論は正しくないのだろう。
だが、こんな奇矯者の言論も面白いではないか。私ならそう思う。そんな心に余裕のある人とこの場を共有したい。
心境としては落語家が近い。正装して真顔で馬鹿話をしている。その存在自体が変なのだ。
だから、真顔で話しているからと、真に受けてムキにならないでくださいね。


posted by 雄峰 at 11:40| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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