2016年03月25日

【160217】子供はご近所さんというだけで友達になれる。だが、長じるにつれ、そうもいかなくなる。

子供はご近所さんというだけで友達になれる。だが、長じるにつれ、そうもいかなくなる。
小学校高学年にもなると、趣味や指向性が合わなければ友達づきあいはできなくなるものだ。
それが自我の形成であり、自分の居場所を的確に見つけられることは、人間としての「発達」の証といえる。
とはいえ、ある程度誰とでもつきあえる能力は同時に身につけなければならない。
村上春樹も、二十代で店をやっていて、そこで人づきあいの量稽古を行った上で、「もうあれで十分でしょう」と回想している。
私も同じ心境だ。もはや十分鍛錬した。今後は、無理して人づきあいしない。ウマの合う人とだけささやかに交友していきたい。
どんな人とウマが合うのかはわかっている。それは「生産者」である。ともに創造することを分かち合える関係でなければ関係がもたない。
対極は「消費者」といえよう。飲み食い、旅、スポーツ。こういうものの消費をともに楽しむ。そんなつきあいは願い下げだ。これらは、子供とだけにする。
いずれ「一周」して、またいろんな人と交流したくなるときも来るかもしれない。そのときはそのとき。
当面は家族とごく少数の「生産者」との人間関係にとどめておきたいと考えている。


posted by 雄峰 at 11:28| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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