2016年03月25日

【160212】「運」に関する本を2冊読んだ。結論からいえば「強運とは、狂人の行動力の賜物」であるということになる。

「運」に関する本を2冊読んだ。結論からいえば「強運とは、狂人の行動力の賜物」であるということになる。
私は幸福度でいえば「まあまあ」であるが「強運」であると自覚している。こういう感覚は主観でいい。
パラノイア気質の私はとても思い込みが強い。だから、よく失敗もするし顰蹙も買うのだが、すべて都合よく解釈するので、ちっとも悔やむことはない(反省や懺悔はするが)。
こういう馬鹿者は恐れを知らないので行動力がある。犬も歩けば棒に当たる。あれこれやっているうちに時々、大当たりをひく。
一度大当たりを引き当てると、人生は大きく地殻変動を起こす。私の場合は3度であるが、それが多くなればなるほど、いわゆる「成功者」というものになるのだろう。
行動力といっても、パワースポットに行ったり、石を腕に巻いたりしても意味がない。目的に直結する行動でなければならないからだ。
ビジネスでも、芸術活動でも、婚活でも、何度も何度も執拗に挑み続ける。その執念深さが「強運」をもたらすのである。
かの織田信長にしても常勝将軍ではなかった。何度も敗退を繰り返しながら、手を替え品を替え挑み続けた執拗さの集積が「勝ち星」を積み上げさせたのである。
それは、常識人にはとうてい実行できないような狂気の行動力といえる。
そうみると、運というものは、成熟しきれない者どもに与えられた魔法であるといえる。
私のようなガキにはそんな魔法でもないかぎり、生き延びてゆけない。天はうまくバランスをとってくださるものだ。


posted by 雄峰 at 11:24| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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