2016年03月25日

【160207】「つきあう友達を選びなさい」という助言ほど無味乾燥なものもあるまい。

「つきあう友達を選びなさい」という助言ほど無味乾燥なものもあるまい。
1 どういう友達を選べばいいのか?
2 どこにいるのか?
3 どうやったら友達になれるのか?
こんなことは、子供にはわからない。結局、いっている親が友達を選ぶことでしか範を示すことはできない。
では我々親は、友達を選べているのか。これについても定見を持っていて、かつ実行できている者はどれだけいるでかあやしいものだ。
よく「金持ちになりたかったら、金持ちの友達を作りなさい」といわれる。
では、金持ちと友達になるためには、どうしたらいいのか。
ラグジュアリーなパーティーに顔を出す?
そんなところに顔を出しているのは、瞬間風速で小金を持っているか、カツカツの金持ち願望者が乾坤一擲の勝負を賭けているかのどちらかだ。
私はそうした実体のない「金持ち」をけっこうみてきたので、事情はよく知っている。
こんな面々と豪気につきあっていたら、いっしょに泥舟に乗ることになるだけだ。
結局、友達などというものは、なぜかわからないけどウマが合う者同士の共鳴関係でしかない。
類は友を呼ぶ。ある「生態系」には、驚くほど独身者が多かったり、犯罪者が多かったり、努力家が多かったりする。四民平等とはいえ、じっさいには、我々は棲み分けている。
結局、自分が長年親しんできた「生態系」でしか生きられない。友達は選べないのである。


posted by 雄峰 at 11:18| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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