2016年03月25日

【160121】原稿がひと段落したとたん、生業のコンテンツビジネスに大きな注文が入り、日がなCDを焼いている。

原稿がひと段落したとたん、生業のコンテンツビジネスに大きな注文が入り、日がなCDを焼いている。こういうときは、YouTubeの動画を固め視聴するにかぎる。
私がみるのはたいていドキュメンタリーだ。昨日は、女性の貧困と引きこもりをテーマとしたものをかなりみた。
貧困に陥っている女性には共通点があって、それは「夢を追いかけているが、実態がともなっていない」というものだった。
たとえるなら、「東大、最低でも早慶に入りたいが、偏差値が今のところ40ちょっと…」。こんな感じだ。
これだけなら、世の中にたくさん該当者がいるが、彼女らが特異なのは「多浪」している点である。6浪、7浪しているような感じなのだ。
執拗さは成功に不可欠の要素であると、司馬遼太郎先生はよくおっしゃる。
そこまでの執念深さがあれば、思いを実現できそうなものだが、彼女らは浪人は繰り返すが、ふだんはあまり「勉強」をしていないように見受けられた。
つまり、執念深さと淡白さが混在しているのだ。
この習性はどこで植えつけられたのか?
それはまぎれもなくテレビであろう。
じっさい、NHKの番組に生出演していた女性タレントはつい口をすべらせた。
「テレビとかで映し出されているのは商品化された世界であってーー」
その後は濁されたが、「真に受けてはならない」だったのではないか。
そう、素朴な子がテレビで見た夢物語を実践してしまった結果というのが実相のようだ。
これは何も女性にかぎった話ではない。ピュアなおやじも罹患していて、生活に困窮している。
本件を語る番組に出演するセレブリティたちがどこか奥歯に物の挟まったような言い方をするのは、夢物語のリアルを熟知した上でのし上がってきたことに対する後ろめたさによるものだろう。
そのあたりまで語れるのなら、テレビをみる価値があるのだが、それは無理な注文というやつだろう。


posted by 雄峰 at 11:05| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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