2016年03月25日

【160120】過日遭遇した慈善おじさんが「不登校児を学校復帰させるためにがんばっている」というので、私はついこう言ってしまった。

過日遭遇した慈善おじさんが「不登校児を学校復帰させるためにがんばっている」というので、私はついこう言ってしまった。
「彼らは未来の起業家だったり、アーティスト(アーターではない)だったりするんで、あんまりかまわないでやってくださいね」
刺激せぬように言ったつもりだが憤然とされた。思ったことをそのまま口に出すのは、私の悪い癖だ。
さて、世の中には、学校の勉強が向いている人もいれば、向いていない人もいる。
司馬遼太郎は「学校」をつねに恨み節で語ったし、村上春樹もけっして心地よい場としては語っていない。
私は母校(桐朋中高)がいい学校だったので、不登校にならずに済んだが、体質的には不登校予備軍であろう。
もし、不登校になったら、やはり起業していたのではないかな。
想定で話してもしかたがないが、少なくとも慈善おじさんの差しのべる手は払いのけたことだけはまちがいない。
必要ともされてない手を差しのべるよりも、現役の社会人としての「背中」を彼らに示すことが何よりもの社会貢献だ。
相手が乞うのならともかく、求められてもないのにノコノコとコーチを買って出るのはダンディではない。カラオケで熱唱するのをむりやり聞かせるようなものだ。
先輩づらして御託を並べるより実績で示せ。
これは、いかにも慈善おじさんになりそうな自分への戒めでもある。


posted by 雄峰 at 11:04| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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