2016年03月25日

【160114】耳の痛い話を聴きたい。

耳の痛い話を聴きたい。
なぜなら、自分の戦略に磨きをかけたいからだ。
だから、私もお役に立とうと、できるだけ「耳の痛い話」をしようと心がけている。
だから、耳の痛い話に怯む人は離れて行く。それはそれでいい。「豪傑」だけ残ってもらいたい。
私の言説など、ふつうに生活しているだけで、早々に抵触してしまうようなものばかりである。
飲み食いするな、出歩くな、フェイスブックでチャラつくな。こんなメッセージばかりだ。
にもかかわらず、食らいついてくださるみなさんは「豪傑」としかいいようがない。
重量感あふれる顔ぶれをみて、励まされているのは私自身なのかもしれない。
何もかもがあり余っている「余剰社会日本」。
ここで生きるためには、勝手に期待されていると思い込み、勝手に期待に応えるという「過剰精神」。これこそ明るい未来のエネルギーである。
これが志につながる可能性も高い。
これからの時代、志で暇をつぶさはければやりきれないだろう。
それが得られず、手っ取り早く飲み食いに走ってしまうと、「復帰」がいよいよ困難になる。
昨日、「おのれの年齢を直視せよ」と述べた。これに続く助言として、「人間関係を見直せ」と提言したい。
具体的かつ露骨にやればかどが立つ。ゆっくりじわじわと離脱していくのだ。
どこからか?
その絞り込みにころ、おのおのが腐心せねばなるまい。それが戦略を決定づける切所というやつであろうから。


posted by 雄峰 at 11:00| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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