2016年03月25日

落人日記(111)


子供と一緒にいると、世間様とはじつにあたたかいものであることに驚かされる。というより、ふらつく中年男に世間は冷たいというべきか。
たとえば寂れたローカル線の小駅を訪ねたとしても、中年男ひとりでいるか、かたわらに子供がいるかでは人の見る目がまったく違ってくる。
昨日今日と、坊やと新潟を旅した。新津鉄道資料館が主目的であったが、行きに、池袋で開催された鉄道模型展、帰りは鈍行でえんえんと帰ってくるという鉄旅であった。
道中、坊やはおじさんおばさんから食べ物をもらったり、頭をなでられたりする。鉄道員もシールをくれたり、皆さん何かとあたたかい。そのたびに父の私もにっこりする。
見知らぬ人とのこうしたコミュニケーションはもう長いことなかった。というか記憶にない。
歳をとり、いつの間にか、外の人びとを「敵視」するようになっていた。これがすれたということなのだろう。
こっちがそういう気配を出しているから、向こうさんだって親しみ深くなろうはずもない。かくして、寒々とした空気が流れるのである。
そういう軋轢を、もののみごとに解毒する子供の存在は得難い。
もはやひとりで旅に出たいという気持ちも萎えた。だが、坊やとともに世間と向きあうことで、今まで知らなかった世間にふれられる。
「老いては子に従え」というが、この言葉の意味もあるいは、歳をとったら、子供の旅にお供せよという意味なのかもしれない。


posted by 雄峰 at 10:37| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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