2015年12月02日

断酒日記 71日目「自分との約束を守れば、自信につながる」


現在20キロのダイエットに挑んでいる小柳 次郎冠者のフェイスブック記事に、以下のようにコメントした。
その場の思いつきにしては、なかなか秀逸な定義なので、以下に転載する。
✳︎✳︎✳︎
自信とは、自分を信頼できることです。
他人のように、自分を突き放したとき、「こいつ、信頼できるよ」と他者に言えるようなら、自信を持っているといえます。
そんな人物になるには、自分と交わした約束を守るほかありません。
私は断酒を自分と約束し、それを遂行することで、自己信頼度=自信が上がりました。
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自信というと、ふつうは「根拠のない」が枕詞につく。
たいていは強がりであるか、そうでなくとも、せいぜい昔取った杵柄(たとえば、学歴、職歴、表彰といった過去の栄光)にあぐらをかく愚かな姿にすぎない。
そんな自己肥大や自惚れが真の自信ではないことは、じつは当人がいちばんよく知っている。
ことさら、賞賛(いいね)を求めるのは、その表れといってよいだろう。
さて、私たちは他人を信頼するとき、何を根拠にするだろうか。
学歴、年収、家柄、知名度あるいは同郷。だが、こんなものを拠り所にしていたら、即座に裏切られ欺され、人生は空転することになる。
信頼とは、そんなものでは醸成されない。なぜなら、信頼とは守られた約束の蓄積であるからだ。
これは自信、すなわち自分に対する信頼についても同様である。
自信を保持しつづけるには、自分と交わした約束を守りつづけるほかない。
だから、そもそも自分と約束を交わさない人、つまり何ひとつ発奮しない人は自信を持つことはできない。
さりとて、節酒、運動習慣、早起きなど、たくさん約束を交わしても、それが守られなければ、かえって自信を喪失するだけだ。
となると、自信創出には、実現可能な取り組みを適度に設定する能力が必要ということになる。
そのためには、現在の力量を把握し、これからどれくらいの境地まで到達し得るかを客観的に捉えることが第一歩となる。
だが、これが難しい。
自分の実情や「限界」など、誰だって直視したくないし、技術的にも難易度が高いからだ。
本来であれば、窮地に立たされたときがチャンスなのだ。おのれを直視せざるを得なくなるからだ。
だが、そこで酒に手を伸ばしてしまっては台無しになる。
つかの間、手ごろに自分を欺いたところで、何も解決しないからだ。
しかも、それが慢性的になると、飲んでいなくとも酔っ払い状態となり、ますます自己を冷静に観ることはできなくなる。
ひとたびこうなると、社会との乖離は開くばかりだ。
それを防ぐには、一定期間、しらふで過ごすのがよいように思える。
内観とは、静坐して自己を発見する心理療法である。
私は体験したことがないが、あるいは断酒はそれに近い行なのかもしれない。
自分を等身大に捉えられるだけでなく、自信を獲得する機会にもなるからだ。

写真:昨日、次郎冠者と面会。次郎冠者、「百名山完全制覇ダイエット」として取り組むことになりました。8年がかりの計画、楽しくなりますなあ。

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posted by 雄峰 at 11:29| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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