2015年12月02日

断酒日記 65日目「社会的アレルギーと俺」


アレルギーには無縁である。何を食べても、拒絶反応を示すことはない。
ただ、社会的事象に対してはアレルギー反応することが多くて困っている。
アレルゲンのひとつに「点滅」がある。
道路工事現場や路上のチカチカとした明滅装置。夜道を走る自転車の点滅ライト。ジョギングする人びとの点滅材(専用コースなら、いらんだろうに)。こうしたものが鬱陶しくてならない。
原発事故による電力規制はどこへやら、浮世はイルミネーション全盛である。
光の明滅は、私にとっては騒々しい限りだが、世の人びとの心を揺り動かすものなのだろうか。
子供の時のクリスマス体験がその原型なのか、そのあたりは私にはよくわからない。
また、「させていただく」表現もアレルゲンの一つである。
駅のアナウンスで、近年、舌を噛みながら「ドアを閉めさせていただきす」とやっているのに出くわすが、「ドアを閉めます」こそ適切であろう。
そもそも「させていただく」表現は大阪の船場商人発祥の、元来、浄土真宗門徒の特有の阿弥陀如来に対する謙虚な言いまわしである。
にもかかわらず、謙虚な表現方法として、すっかり世に蔓延してしまった。
こういうアレルゲンが私にはたくさんあって、外に出るとアレルギー反応が出まくってしまうので、つい引きこもってしまう。
さて、前置きが長くなった。酒の話に移ろう。
先日参加した「アルコールの夜」で「アルコール依存症は一種のアレルギーである」という発言があった。
いわゆる「ボーダー」以上に花粉を吸い込むと、花粉症を発症するように、アルコール依存症も、アルコールを摂取するうちにボーダーを超えてしまうと発症するというのである。だから、差別はよくないという論調であった。
「なるほど」と納得したのもつかの間、直後疑義がわき起こった。
なぜなら、花粉症の花粉は当人の意思に関わらず吸い込まされてしまうのに対し、アルコール依存症の酒は、かなりの程度、当人の意思によって摂取しているからである。
発症のメカニズムが同じだからと、花粉症とアルコール依存症を同列にするのはいかがなものか。
とはいえ、アルコールについて、我々は知識が少なすぎる。
「アルコールの夜」の参加者は、片足依存症に突っ込んだ、意識高い系のおじさんたちばかりであった。
それよりも、いま草刈り場にされている若い女性たちへの啓発こそが、日本社会の喫緊の課題であろう。
内閣府よ、我々未病おやじではなく、若い女性たち向けのイベントを企画されてはどうだろうか。

写真:「アルコールの夜」のコーディネーター月乃光司さんの著書。断酒の半年くらい前に読みました。

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posted by 雄峰 at 11:23| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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