2015年11月02日

断酒日記 48日目「氏より育ちより、フェロモン」


酒に酔いやすいと、人にも酔いやすいのだろうか。感激体質である私は、すぐ感動、感激、感謝してしまう。
これは美質の一つであろうが、断酒してみて、それは条件付きであることがわかった。
その条件とは、シラフであるということだ。
酔っ払うと、平衡感覚を失い、物事を見る目がゆがむ。実相をそのまま捉えることができなくなる。
人を見る目も甘くなり、無用に惚れ込んだりして、冒頭からいびつな関係を結んでしまう。
今まで、そうやって友人関係や雇用関係を結んで失敗してきた。この責任は当然私にある。
酒の席というものは、そういう無為無用の人間関係を構築しやすい。とくに私のような感激体質者にとってはなおさらだ。
人間はなんとなく自分と同じ世界の住人と生きることに心地よさを感じるものだ。
司馬遼太郎も「故郷にくるまれて生きるのが幸せである」と述べている。
私の周囲には経営者や作家といった自営業者は多いが、銀行員や市役所職員といった人はほとんどいない。このように、人間は知らず知らずのうちに棲みわけて生きている。
ウマが合う合わないというのは厳然たる現実であり、「郷」からはみ出さない人間関係をつくっていくのが賢明なのであろう。
だが、酔っ払いはその規矩を軽々と飛び越えてしまう。
酒場で見知らぬ人と盛り上がることは時にはあろうが、その場で終わらせるのがダンディというものだ。
この歳になってようやくわかってきたのは、やはり「氏」というものは実在しているということ。
むろん血液型のことをいうわけでないし、血脈をいうのでもない。
強いていえば、フェロモンがそれに近いかもしれない。
唐突だが、私は「地侍」層とウマが合う。地侍なんていうとかえって分かりにくいから、庄屋や地主と言いかえよう。
御家中を成す武士のような行動の美学は乏しいが、百姓町人より公共精神が濃厚。そんな層である。
ウマが合い、関係が長続きする人はそういう地侍出自の人が多く、その相関性には驚かされる。
我が両親は、まさに地主や名主の出であるから、私がそういう体質になるのはわかる。
それにしても、おたがいが惹かれあうのは何を嗅ぎつけてのことだろうか。
感性というものは、入り乱れた人間社会のなかで、「故郷の人びと」に感応する力のことをいうのかもしれない。
日ごろから酔っ払っていては、そのセンサーは鈍磨し、せっかくの運命の出会いをつかみ損ねてしまうであろう。

写真:家系図なんて真偽のほどは怪しいものだ。だが、藤原秀郷や西行法師をご先祖様に据えるご父祖の狂気には魅せられるものがある。

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posted by 雄峰 at 13:36| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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