2015年10月19日

断酒日記 22日目「どうせ酔うなら、革命で」


近江屋で襲撃された夜、坂本竜馬は「水に蜂蜜を垂らしたもの」を飲んでいたという。いっしょにいた中岡慎太郎はお茶であった。
維新前夜、ようやく大仕事が成就しようという時期である。いかにも盟友と杯を傾けていそうであるが、二人の革命家は酒を飲んでいない。
「革命は酒より男を酔わせる」と司馬遼太郎。革命家には、酒など無用なのかもしれない。
だが、革命といえば、京の花街を舞台に、志士たちが喧々囂々しているという印象も強い。
だが、じっさいに酒を飲んでは議論ばかりしていたのは、二流三流の志士であったようである。
選挙に出てみてわかった。きちんと政治家になってゆく候補者は飲まされるが、酔わぬ術を心得ている。
酔いにまかせて大言壮語しているのは、私のような泡沫候補か政治家を取り巻く有象無象である。
政治に身を捧げた者は大酔を発している場合ではない。酔ったふりをしているのだと、いまになってわかった。
だが、同じ政治家にしても、没落してくると酒に溺れる。晩年の田中角栄は、毎晩オールドパーを1本以上空けていたという。これも人生劇場。善し悪しを言うのは、おかど違いもいいところだ。
ともあれ、酒席では調和しながらも、酔っ払わない。政治家とは、そういう人物でなければつとまらない。
私のような酔っ払いを惨敗させた有権者は賢明であるとつくづく思う。断酒してみて、ようやくわかった。

写真:書庫の司馬遼太郎棚。
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posted by 雄峰 at 10:19| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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