2015年09月23日

断酒日記 11日目 「大酔癖は、バブルの後遺症だった」

策謀家・長宗我部元親は、精神の緊張を解くために酒を必要とした。
幕末の蘭方医・二宮敬作は、世の不条理を憂うあまり、酒を飲まざるを得なかった。「飲まぬ人間はよほどの悪人である」とも言いのけたという。
土佐藩主・山内容堂は「内なる熱いもの」のほとぼりを冷ますために、酒を必要とした。
大酒飲みには、それぞれの内的な事情が関係しているものである。
私はどうなのであろうか。
三者いずれのケースにも心当たりはあるが、本質はそこではなさそうだ。
もともと私は酒が強かった。二十代はまったく酔えず、仲間の酔態を見下していたくらいだ。
それがいつのころからか大酔するようになった。
加齢で弱くなるという側面はあろうが、それだけではない。
これにはどうやらカラオケが関係しているようなのである。
歌がへただということもあるが、私はカラオケの席が苦手である。あの雰囲気にのれないのである。
だが90年代初頭、いまだバブルの余熱が冷めやらぬころ、世はカラオケ全盛。何かにつけてカラオケであった。
カラオケに長けなければ、世過ぎ身過ぎできぬ。そういう危機感を持った私は、カラオケの席を乗り切るために、一気に飲んで、テンションを上げる必要があった。酔っ払ってしまえば、それなりに馴染むことができる。
ところが、この飲み方がその後の人生にわざわいした。最初から異常にピッチが速くなってしまったのである。
カラオケの猛威が去ったあと、残されたのは私の酒癖だけであった。
私の酒癖はバブルの後遺症だったのである。この事実は、こうして断酒するまで気づかなかった。
断酒は、内観的な作用もあるらしい。

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posted by 雄峰 at 15:38| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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