2015年11月02日

断酒日記 54日目「我が尾を食ってこそ、ウロボロス」


ハロウィンといえば、映画「ET」で初めて知った異国の祭りであった。
だが、ここ数年ですっかり日本でも広まってきて、それに関する議論が喧しい。
断酒家視点では、ハロウィンに限らず、我が国にこれ以上祝祭の日が増えるのは望ましくない。
そのむかし、酒などはよほどの飲んべえでなければ、せいぜい飲むのは祭りや婚姻などの、いわゆるハレの日くらいであった。
また当時は、一般的に女性は飲まず、酒を飲むのは「特別な女性」とされていた。
それが半世紀を経て、老若男女問わず、日を問わず飲むようになってしまった。
酒嫌いの若者が増えているというが、実情はちがう。中年以上の年代が飲みすぎなのだ。
若者たちは自然な感性で酒とつきあっているだけのことで、べつに酒嫌いというほどのことではあるまい。
さて、ハロウィンの旗振り役は、バブル世代の広告代理店のおやじたちであろう。
彼らは遊ばせることが国民経済に資するという奇妙なスタンスをとっているから厄介だ。
一方、最近の若者はつつましく、努力家で、見栄を張らない。中高年世代と比較して、あきらかに洗練されていている。
聞けばアメリカでも同様で、初体験の年齢は上がっているという。「清純化」は行き過ぎた消費社会のアンチテーゼなのかもしれない。
我が国にも、せっかく地に足のついた世代が出てきたのに、この手の消費イベントで毒してしまっては歴史を穢すことになる。
老人たちは、自分たちだけでボージョレー飲みに成田に行くなり、夜通し飲んで歌って踊っていればよろしい。
我が尾を食ってこそ、ウロボロス。そこで「完結(=成仏?)」という象徴的意味を獲得できるのである。
写真:中央本線から115系電車が引退。小学生以来35年親しんできた愛憎半ばする列車。馴れ親しんだものがつぎつぎに失われてゆく。写真はあり日のもの。昨年の春と秋の撮影。

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断酒日記 53日目「スタンプラリー人生に終止符を」


断酒、4時起き、急激ダイエット、1日1食、各種作品完読、広辞苑通読、JR全線完全乗車ーーどうやら私は「急激」と「極端」に酔うたちらしい。
思えば、むかしからそうであった。何事につけても、毎日まんべんなく遂行することが苦手であった反面、興味を持つと没入する。
見方を変えれば、刺激がなければ、行動がにぶる。そのせいで、ずいぶん苦労してきた。
だがよくしたもので、異形の集中力だからこそ突破できる壁もある。
12歳の中学受験、21歳の初めての起業、30歳の2度目の起業がそれにあたる。
これはてっきり9年周期かと、「39歳」に期待していたが、空振りに終わった。
ともかく、いまこうして生きながらえているのも、その異形の集中力が折々発揮されてきたからにほかならない。
だが、これは宝くじを時々当てながら生計を立てているようなもので、専業主婦と幼な子二人抱える中年男からすると、きわめて心もとない。
「九年寝太郎」生活をいかに手堅いものに切り替えてゆくか、これが目下のテーマである。
そのためには「銀行員」のように生きることが不可欠であると考えた。
毎日早起き。週末はしっかり休み、御家中の一員としてつつましく生きる。そんな暮らしぶりだ。
ところが、そういう目標を掲げた途端、「銀行員」生活に猛然と突き進んでしまう。そのあたりからして、すでに「銀行員」ではないのだが。
内山節さんは「千年かけて稲作をなくすというのならいいが、10年でなくすのはよくない。何事においても急激は悪である」という主旨(というより私の勝手な解釈)のことを述べておられた。
その点、私がやってきたことは「10年で稲作全廃」という激しい計画ばかりであった。
この急激志向をなくすことが必要であるとわかればわかったで、こんどは、急激志向をいかに急激に捨て去るかばかり考えてしまう。
この3日間、スタンプラリーにいそしんでいた。私の人生はまさにスタンプラリー然としている。
スタンプラリーは坊やとの楽しみ程度にして、一個人としては中庸を志向してゆくべきなのだろう。
だが、今さら何をどうすれば、中庸に近づけるのか、それがよくわからない。
写真:北信越スタンプラリー、3日かけてコンプリート。「何事も始めるからには完全制覇せよ」。これが、父の教えです。

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断酒日記 52日目「中年の危機 ユングは家を、私は池をつくった」


中年期を迎えたユングはいきなり家をつくりはじめた。いくつもの塔が印象的な家で、彼は増改築を繰り返した。
3年前、急に思い立ち、私は池をつくりはじめた。
それは池というより、ビオトープというべき水辺であり、そこはメダカ、タナゴ、ヨシノボリ、ドジョウ、タニシなどによる「地上の楽園」であった。
カキツバタ、ショウブ、ガマ、ミズキンバイ、ヨシなども植えた(ちなみに池は「盛池」と名づけた)。
その後、隣接する土地に家を建てたり、未曽有の大雪を経験したこともあり、翌年には、一からつくりなおした。
それだけでは飽きたらず、もう一つ池をつくった。こちらにはすくってきた金魚や釣ってきた魚を放り込んだ。
心理療法の一つに「箱庭療法」というのがあるが、ユングの家や私の池は、いわゆる「中年の危機」に対する自己療法なのかもしれない。
このたびの断酒にしても健康云々というより、中年の危機への対処の一つであるような気もする。
少年が青年となり、そして壮年を迎える。人生がどんどん加速するなか、いったん停止して、心身や身の回りを検証し、必要な措置を講じたい。私の潜在意識はそのように私に命じたのかもしれない。
「潜在意識は天才」という石原加受子先生の言葉を思い出す。
潜在意識からのメッセージをキャッチできない、その結果、行動に移せないでいると、心というものは病んでしまうのかもしれない。
成熟日本、敵は敷居の外ではなく、心の内に在るように思える。
写真:十日町駅で、飲んべえ列車「越乃Shu*Kura」に遭遇。これから上越妙高駅に向けての出発前。真人間になって、いずれ乗りたいものだ。

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断酒日記 51日目「ラーメンの公食追放を解除」


高田駅前にある「駅前ラーメン」は夜8時に開き、深夜2時に店じまいする。ずいぶん変わっているが、客層を見ればうなずける。
周囲は名うての飲み屋街。酔客たちは、ここを締めの一軒にしているようで、夜がふけるにしたがって賑わいを増す。
私はこれまで10回以上は来ているが、シラフで入店したのは今回が初めてである。
ビールを頼むこともなく、ラーメンのみ。600円也。
昔ながらの中華そばで、ラーメン百花繚乱時代のなか、ここまでの昔スタイルはもはや希少価値といえよう。
店内にはBGMがなく、空いているときは湯気を吐き出す換気扇の音だけが響き渡って心地よい。
まだ、時間が早くて閑散としているが、私以外の客はいずれも飲んでいる。ここはラーメン屋というより、ラーメン居酒屋なのだろう。
それにしても、飲まなくなってから、めっきりラーメンを食わなくなった。
以前からカロリーを気にしているので、シラフでは、なかなかラーメンに触手が伸びない。
食うのは、飲んでやけっぱちになってしまったときくらいである。
深酒してのラーメンはうまいものだが、ひとたびこの不始末をやらかすと、復旧するのに3日はかかる。
かようにラーメンは、二日酔いなど、酒にまつわる忌まわしい体験とともにある。断酒とともに、ラーメンは「公食追放」されていた。
さて、シラフでラーメン。これがじつにうまかった。
つねに飲んでから食っていたので、長らく、ラーメンというものにきちんと向き合っていなかったようである。
酒とともにパージしたラーメンであるが、食い方をあらためればもう一度健全なつきあいを再開できるかもしれない。
写真:新潟県・高田駅前の「駅前ラーメン」。ドラクエに出てくる謎の店の雰囲気。

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断酒日記 50日目「完全防備で、新潟スタンプラリー行脚」


早めのお昼ごはんは、中央道原パーキングで名物のソースカツ丼。降り立った高原はすっかり秋の風情。
時間があれば、豊科インターで降りて、「大王わさび園」に立ち寄りたい。坊やはどういうわけかここがお気に入りなのである。
ここは、黒澤明監督『夢』の「水車のある村」のロケ地にもなっている水の郷。こういう感性を共有できるのがうれしい。
その後、千国街道を北上。小谷温泉で一浴してから、南小谷駅で今日最初のスタンプを押す。スタンプラリー初日は、やけにのんびりしたスタートだ。
それから青海駅、糸魚川駅、能生駅、筒石駅、直江津駅、春日山駅をまわり、高田に入る。
夕ごはんは回転寿しか新井の「豚汁たちばな」を予定。
前回、飲めずに悶絶したが、今回はノンアルを6本持参。備えあれば憂いなし。
では、安全運転で行ってきます。

写真:中央道原パーキングは旅情あふれる名パーキング。京都に行くにも、信越に行くにも、いったんここで小休止がお約束になってます。

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断酒日記 49日目「中陰の審判を前に」


四十九日ーーこれが死者ならば、五十日目に、幽界という次なる世界に旅立つことになる。
断酒家にとっての五十日目には、いかなる地平が切り拓かれているのだろうか。
断酒当初、私の魂はさまようこと、死者の霊魂の如しであった。
だが、五十日に近づくにつれ、飲みたいという欲求より、飲むのが怖いという気持ちが強くなっている。
いま飲んだら、どうなってしまうのだろうか。元の木阿弥になってしまいやしないか。そんな恐怖がよぎる。
そんな折り、旅に出ることになった。秋休みの坊やと、おなじみの新潟行きである。今回もスタンプラリーで、信越の20もの駅をめぐる。
先日、多摩地区で30駅を制覇した。いずれも鉄道利用であったが、今回はクルマでまわる。
なんせ、南小谷、柏崎、六日町、長野で囲まれた広大な区域。さらには、都内のように頻々と列車は走っていない。鉄道利用でコンプリートを目指したら、五日、六日はかかるだろう。
宿泊は上越高田。断酒13日目、初めて禁断症状迎えた因縁の地である。
あの時にくらべれば、酒を欲する衝動は俄然萎えた。
だが、こういう時こそ油断大敵。思わぬ不覚をとることもある。
中陰の審判は如何に下されるのであろうか。

写真:八王子名物「都まんじゅう」。断酒以降、すっかり甘党になりました。

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断酒日記 48日目「氏より育ちより、フェロモン」


酒に酔いやすいと、人にも酔いやすいのだろうか。感激体質である私は、すぐ感動、感激、感謝してしまう。
これは美質の一つであろうが、断酒してみて、それは条件付きであることがわかった。
その条件とは、シラフであるということだ。
酔っ払うと、平衡感覚を失い、物事を見る目がゆがむ。実相をそのまま捉えることができなくなる。
人を見る目も甘くなり、無用に惚れ込んだりして、冒頭からいびつな関係を結んでしまう。
今まで、そうやって友人関係や雇用関係を結んで失敗してきた。この責任は当然私にある。
酒の席というものは、そういう無為無用の人間関係を構築しやすい。とくに私のような感激体質者にとってはなおさらだ。
人間はなんとなく自分と同じ世界の住人と生きることに心地よさを感じるものだ。
司馬遼太郎も「故郷にくるまれて生きるのが幸せである」と述べている。
私の周囲には経営者や作家といった自営業者は多いが、銀行員や市役所職員といった人はほとんどいない。このように、人間は知らず知らずのうちに棲みわけて生きている。
ウマが合う合わないというのは厳然たる現実であり、「郷」からはみ出さない人間関係をつくっていくのが賢明なのであろう。
だが、酔っ払いはその規矩を軽々と飛び越えてしまう。
酒場で見知らぬ人と盛り上がることは時にはあろうが、その場で終わらせるのがダンディというものだ。
この歳になってようやくわかってきたのは、やはり「氏」というものは実在しているということ。
むろん血液型のことをいうわけでないし、血脈をいうのでもない。
強いていえば、フェロモンがそれに近いかもしれない。
唐突だが、私は「地侍」層とウマが合う。地侍なんていうとかえって分かりにくいから、庄屋や地主と言いかえよう。
御家中を成す武士のような行動の美学は乏しいが、百姓町人より公共精神が濃厚。そんな層である。
ウマが合い、関係が長続きする人はそういう地侍出自の人が多く、その相関性には驚かされる。
我が両親は、まさに地主や名主の出であるから、私がそういう体質になるのはわかる。
それにしても、おたがいが惹かれあうのは何を嗅ぎつけてのことだろうか。
感性というものは、入り乱れた人間社会のなかで、「故郷の人びと」に感応する力のことをいうのかもしれない。
日ごろから酔っ払っていては、そのセンサーは鈍磨し、せっかくの運命の出会いをつかみ損ねてしまうであろう。

写真:家系図なんて真偽のほどは怪しいものだ。だが、藤原秀郷や西行法師をご先祖様に据えるご父祖の狂気には魅せられるものがある。

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断酒日記 47日目「アーティストとアーター」


畏友・高橋御山人ほど、マセている男はなかなかいない。当然褒め言葉だ。「成熟」と言い換えてもよかろう。
彼は十歳近く年下であるが、それを感じさせない落ち着きようだ。風貌もマセていて、私のほうが十歳も年下に見えるはずだ。
彼を「発見」したのは2年前、とある番組に出演した際のことである。御山人は一スタッフとして背広姿で現場にかしずいていた。ただ、ひと目見て、ただ者ではないとわかった。
彼はコンピュータ技術者として会社勤めをしているが、伊勢神宮仕込みの神主である。また「まつろわぬ民」をテーマに、各地の伝承を訪ねて取材、発表してきた研究者でもある。
オーディオブック「百社巡礼」では、御山人と対談し、Apple Musicなどで公開している。
研究のかたわら、日本の全市町村踏破を目指していて、先月も、15万円と7日間かけて、小笠原村1村(!)を踏破してきた。
彼は社会性の高い常識人でありながら、若くしておのれが歩むべき道に出会い、日夜着々と歩みを続けている幸せ者である。
私のが年長であるが、先駆者としての経歴はとうてい彼には及ばない。御山人から教わることは多々ある。
ひと目を気にせず、さりとて人の感情を煩わせることなく、おのれの道を悠々と歩む。御山人の生き方に、成熟社会でのこれからの生き方を見ることができるはずだ。
長らく「プロフェッショナル」の時代が続いてきた。手に職つけることが尊ばれ、顧客の満足を満たすことが、社会人の力量とされてきた。
だが、すでにその地殻は変動し、「アーティスト」の時代に移り変わっていることを認識している人はどれだけいるであろうか。
自分が創りたいものを創る。それに金銭や賞賛が付随する可能性はあろうがとくに見向きもしない。それがアーティストである(そのアンチテーゼとして「アーター」という時代のあだ花も出現した。だが、彼らは創造することのない「芸術」消費者に過ぎない)。
プロフェッショナルは知識と実績をひけらかす。アーターは見栄と虚勢をはる。そんな人びととの語らいは、私にとって不毛である。
何かを生み出そうとしているアーティストととの語らいは刺激的で、時間の経つのを忘れる。
御山人とは、昨日の午後から今日の午後まで、途中小休止をはさんでの一昼夜ぶっ通しで語らった。
おかげで喉はかれ、茶菓を喫しすぎたせいで胃がもたれる。
だが、その間で、数時間に及ぶオーディオコンテンツが生み出された。
何ごとも「生産」につながるのが、アーティストという生き方の幸せなところだ。
写真:Ustream放送「まつろわナイト」。女人禁制を標榜するものの、熱烈リスナー層は、どういうわけかハイスペック淑女。なんでだろ?

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断酒日記 46日目「ナルシシズムという魑魅魍魎 その2」


司馬遼太郎作品を読破してわかったことは、司馬自身が元来ナルシシズムが強い人物であったことだ。
ただし、彼の偉大なところは、若いころにその愚を悟り、渾身の鍛錬を通じて、解毒しようと心掛けてきたことである。
その凄まじい精神修養の過程が、作品の随所に滲み出しており、それが私を魅了する。
だが、それが司馬自身の克服の過程で得た叡智であったとは、完読するまでわからなかった。
生まれながらの彼の人格であると思い込んでいたからである。
読破の直前、残されたのは、小説ではなく、対談や彼を知る人による回想録ばかりであった。
大方退屈であったのだが、意外なことに、それが司馬という巨人を立体的なものにしてくれた。
梅原猛は『空海の風景』での空海をめぐる解釈で、司馬の「激怒」した。以来、司馬は梅原を避けるようになったという。
司馬が激怒とは珍しい。温厚でけっして激することがないというのは、司馬の人間性をめぐる定評だからである。
これらは梅原の叙述なので、そのまま受け取ることもできまいが、作品を通して、彼の人となりを推し量ると、司馬という巨人を捉えた唯一の人物であったように思える。
梅原は司馬の二重性について語っている。
温和な物腰のなか、時々眼光が光り、強い闘志をたたえるときがある。時代が時代なら、彼こそ一国一城のあるじになれるだろうと。
私も司馬遼太郎の本領とはこういうものであろうと思う。司馬にかぎらず、世の中の超一流とは、物腰柔らかく、強烈な闘志は内に秘めているものであろう。
だから、梅原の指摘は司馬の化けの皮を剥いだというより、司馬という人間の凄みに肉薄したということなのだと思う。
最後の一冊(=『司馬遼太郎の世界』)で私の積年の疑問に一つの解答が得られて、深い感動につつまれた。
司馬遼太郎は作品中、ことさら私心、自己愛、ナルシシズムを嫌悪し、それらを超越することの偉大さを語る。それはしつこいほどである。
どうしてそこまで強調するのかがようやくわかった。それは彼自身が己の中の醜悪さにもっとも激しく取り組んできたからだ。
ただし、その過程をみずからの体験としては一切語らない。それが私との大きな違いである。
ナル男の私は、その取り組みを日々こうして語っている。
自己肥大、自己顕示、ナルシシズムなど、幼稚な自己中心性を制圧すべく日夜格闘している。
もし私が小説を書けるなら、作品へと昇華していったであろう。だが、私にはそのような才能はない。
私にできることは、せいぜいおのれを全開で晒すこと。ナルシシズムという酒精分を揮発させて、世の平和と繁栄に資することであろう。

写真:品性は怒るまでの沸点の高低にあるのだろうが、司馬が怒りを表出させるとはよほどのことがあったのだろう。『司馬遼太郎の世界』梅原猛の寄稿より。

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断酒日記 45日目「ナルシシズムという魑魅魍魎」


ナルシシズムーーどうやらこいつが私というものの基調をなしているようだ。愉快ではないが、事実なのだからしかたがない。
ナルシシズム、言いかえれば自己陶酔症。自己愛が強烈すぎて、他者の感情が見えない、他者への配慮が行き届かない。「自分」に酔っぱらって、周囲を不快にさせたり、迷惑をかけてばかりいる。もはや精神のジャンキーであるといってもよかろう。
ナルシシズムは、尊敬する司馬遼太郎がもっとも忌みきらう性情である。その臭気には堪えられぬとよく述べておられる。
彼の描く英雄、例えば竜馬、大久保、西郷、信長、道三、あるいは彼が愛した芸術家たちにナルシシストはいない。
彼らも人間である限り自己愛は持っているが、それは「人生の大事」や作品への全身全霊の没入によって雲散霧消してしまっている。
「芸術は自己愛が変質し昇華したものである。芸術家であるためには、その前に自己愛離れが不可欠」と司馬はいう。
仕事にしても作品にしても、ナルシシズムのかけらが残っているようでは、まだまだ二流以下。未熟者である。
人は瞬時にそこに臭みを見出して、息を止めて小走りに走り去ってしまうだろう。
そういう点で、フェイスブックのタイムラインは、ナルシシズムのショールームの様相である。
どこ行った、これ食った、こんなに集まった。
そこに漂うのが、その人のダンディズムの香気なのか、それともナルシシズムの臭気なのか、それは見た瞬間わかる(高橋御山人師や若松親方の捨て身の記録ぶりを見よ)。
むろん、私の言論など、自己愛の結晶。後者の代表的存在である。
おのれを愛し、愛してもらいたいという幼稚な情動によって織り成されたものであると認めざるを得ない。
ただ、いくらか弁明すれば、私の記事は読む人にとって役立ってもらえるよう渾身で臨んでいる。
世の中に価値をもたらしたいという、公共心は少なからずあると自負している。
できるだけ見栄を張らず、できるだけ虚飾せずに、できるだけ捨て身で語りたい。
私という道化者を通じて、世間や人間のリアルの片鱗を見ていただきたい。その上で、幸せに生きる上で参考になれば心よりうれしく思う。その赤心に濁りはない。

写真:エーリッヒ・フロム『愛するということ』。ナルシシストには、愛することはできない。愛するとは自然と湧き出でる情動ではなく、一種の責任感なのだから。

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断酒日記 44日目「毎日出すから、毎日入ってくる」


この日記、いつまで続けようか。
ある日面倒くさくなって、いきなりやめたのではみっともない。今のうちに決めておこう。
「100日目まで」と決めた。
「何事も100日やれば、状況が質的に変わる」とある著者が言っていた。
9月10日から断酒しているので、100日目は12月18日だ。
その後も断酒は継続するが、日記はひとまずこの日までは継続することにする。
さて、断酒もさることながら、日記の効果は絶大だ。
スマホでこんなに書けると思わなかったし、早起きのきっかけにもなった。日記によって得られた人間関係も得がたい。
だがそれ以上に、日記を通じて内省できることが大きい。
高校時代日記をつけていた。ほぼ毎日、大学ノートに鉛筆書きで。いまも保管してあるので、片づけや引越しの際に出くわすことがある。
恥ずかしくて、とても見られたものではないが、あれが思索というものをもたらしてくれた。
読むだけではなく、書くことによって、人は思索というものにふれることができるのではないか。
いまはこうして世間様にさらすこともできる。そこからフィードバックを得ることもできるようになった。
だが、内容が内容だけに、飲み屋さんには悪いかなと思うこともある。
だが、意識の高い店主なら、この断酒日記に新たなヒントとチャンスを見出しているはずだ。
私自身も生まれ変わって、また縄暖簾をくぐるつもりだ。頂上で再会しよう。
ーー話がそれた。
ともあれ、日記の効用は絶大だといあことをいいたい。
「毎日」というところがいい。毎日何かひねり出そうとすることで、毎日何かを得ようという流れが形づくられる。この循環は日々のくらしをとても豊かにしてくれる。
完全制覇と公開日記。この2つは、これからの成熟社会を円満・元気・余裕で生きる上での座標軸になるような気がしてならない。

写真:日々旅にして旅を生涯とする。紀行も日記の一種。内田百閨w阿房列車』。私の屁理屈は百關謳カから学びました。

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断酒日記 43日目「自分の頭で考えるな」


家内が赤ちゃんにかかりきりになっているので、坊やと過ごす時間が増えた。
子供ほど知的刺激を与えてくれる存在はない。とても楽しいし、とても勉強になる。
断酒のきっかけになったのも、「お酒飲まないほうがいいんじゃないの」という坊やのひと言であった。じゃあ、やめよう。
いまこうして早起きしているのも、「夜お仕事しないほうがいいんじゃないの」という神託で始まった。じゃあ、そうしよう。
汚れちまった大人は、もはや自分の頭で考えないほうがいい。思いつくことはせいぜい怠け方、戦い方、ズルの仕方くらいであるからだ。
子供の言うとおりにすれば、物事は自然とうまくいくように思える。
彼らは平和主義であり常識的。師と仰ぐにふさわしい存在だ。
また、子供を通じて、人間の本来あるべき姿を見ることもできる。わかりやすいのは睡眠と排泄だ。
坊やはたいてい6時半、遅くとも7時には寝ている。それからえんえんと眠り続け、朝6時、お寺の鐘が聞こえてくるころ、パカッと目を開ける。
よく子供が朝起きられないと、親がこぼすが、原因は親にある。
子供は長時間の睡眠が必要なのである。それを9時、10時まで眠らせないでおいて、朝7時に起こすのは酷というものだ。
それは我々にとっての4時間睡眠みたいなものであるからだ。子供は小さな大人ではないのである。
あと、うんこがすごい。バナナを凌駕するサイズ、完璧な色かたち。
あんなのが出たら、さぞかし気持ちがいいだろうなあ。
不思議なことがある。それは、子供は酒を忌避することである。
飲んだことないのに嫌う。親のやることはたいてい真似るのに、酒にだけは興味を示さない。これはなぜだろうか。
これは彼ら特有の野性的な感覚で、あれは身体に害をなすものであるということを察知しているのではないか。
すっかり世俗にまみれて、本来の感性を喪失してしまった大人たちよ、汚れちまった頭で考えるな。
子供たちの言葉に素直に従おうではないか。
写真:幼稚園の帰り道は、川原でおやつ。和菓子屋は楽しいね。坊やも私もお団子が好きです。

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断酒日記 42日目「完全制覇、そのあとは」

司馬遼太郎の全作品を読了した。2年がかりで約300冊。
司馬作品は高校時代から親しんでいるが一念発起、全作読了しようと決意し、すべて新規に買い揃えた。
『国盗り物語』や『坂の上の雲』などは若い頃とは違った読み方ができて、とても愉快であった。
だが終盤に読んだ、古代朝鮮をテーマとした座談会やアイルランド紀行あたりは興味がないのでつらかった。
だが、これまでJR完全乗車をはじめ、数々の「完全制覇」を成し遂げてきたので、そのあたりの難渋はむしろ味わいというもの。
好きなことだけつまみ食いしていてはもったいない。全部丸飲みすることで、本質を捉えることができるようになるからだ。
夕暮れ時、最後の1冊を読み終えた。読書メモ(全作品で3500項目となっていた)を作ってから、ソファにもたれ、高尾山に沈む夕陽を眺めていたら、ふと酒が欲しくなった。
以前なら、こういう「記念日」には盛大に飲んでいた。
だがこの日は、湯を沸かし濃い茶を一服したにとどめ、次の仕事に着手した。
この経過は、私にとっては初めての体験であった。
あのとき飲んでいたら、夜更けまで延々と続き、今朝は二日酔いで仕事にならなかったであろう。
それに、次仕事に着手するのが億劫に感じられたはずだ。
「ひと仕事終えたら祝杯」というのが世の習いである。
だが、缶ビール1本くらいで切り上げるのがダンディなのかもしれない。
そうか、私に欠落していたのはダンディズムなのか。
酒にがっつき、飲めるだけ飲もうという意地きたなさ。ハアハアしながら、晩酌の時間を待ち焦がれる。
そういう日々を送ることで、私はどんどんさもしくなっていったようだ。
酒を断ってみて、取り戻しつつあるのは心の余裕。ダンディズムなのかもしれない。
写真:『司馬遼太郎全仕事』。2年前、信州善光寺門前の小さな本屋さんで発見。その途端、完全制覇の虫が疼き始めた。放送大学の講座で出向いた、雪降る寒い日でした。

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posted by 雄峰 at 13:30| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

断酒日記 41日目「革命を、輸出するな」

慢心が生じてきたようだ。
周囲の飲んべえを尻目に断酒を成し遂げた。その優越感が芽生えてきているのである。
よく「革命を成し遂げた国は、それを輸出したがる」と言われる。
フランス、ソ連、キューバ、そして明治維新を成し遂げた日本、そしてアメリカもそのなかに入れてよかろう。
これは人間にも当てはめることができる。
受験法、営業術、ダイエット法からナンパ術まで、自分に栄光をもたらした成功モデルは他人に伝えたくなるものだ。
尋ねられたら、ていねいに教えてあげればいい。
だが、望まれてもいないのに、相手に押しつけようとするのはおせっかいというものだ。
昨今の私は、まさにその手あいである。周囲の飲んべえに断酒を勧めているが、これこそ「革命の輸出」に他ならない。
幼稚な者は増長する。たかが断酒したくらいのことで、同胞を見下す資格はない。しょせん同じ村の住人なのである。
村から一人だけ東大に行ったりすると、そんな夜郎自大に陥るものだ。
つまらぬ優越感は当人の品性を下げるだけでなく、あわれな道化を演じさせることになる。そんな自分に気づくことも稀であるから、さらに悲劇的だ。
「売れてくれば、誰でも天狗になる。それはいいんだけど、その期間をできるだけ短くしたほうがいい」
石橋貴明氏がこんな発言をしていたのは何の本だったかな。
自己革命の成功に酩酊しているようでは、酒よりたちが悪い。しょせん、いくらかまともになれたくらいの話なのである。

写真:革命というだけのつながりですが、佐々木譲さんの『冒険者カストロ』。『エトロフ発緊急伝』を原作としたドラマに感動し、刑事物『廃墟に乞う』では、仕事でお世話になり、本書は興味深く拝読。同じ著者の作とは思えないジャンルの多様さ。

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posted by 雄峰 at 13:29| 落人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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